28 どこまで〝本気〟なんだ?
登場人物
・タカユキ・ツナミ:宙兵78期 卒業席次2番、戦術長補、22歳、男
・ユウ・ミシマ:同席次1番、船務長補、22歳、男
・シホ・アマハ:同席次3番、主計長補、26歳、女、姐御肌
・ガブリロ・ブラム:
星系自治獲得運動組織"黒袖組"のシンパ、学生、26歳、男
・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女
======================================
6月6日 1540時
【カシハラ /士官室】
「──それで、いったいどこまで〝
他の幹部生らが退出すると、ミシマに対しツナミは。開口一番にそう訊いた。
ミシマは、そんなツナミにすぐには応えなかった。何事か考えをまとめるふうな、そんな
ツナミは重ねて訊いた。
「
その険のある言い様に、ミシマはツナミに向き直った。
「そうだと言ったら、一緒に起ってくれるか?」
これは本当に予想外の言葉だった。ツナミは思わずミシマの目を見てその真意を諮りつつ、声に出しても訊いていた。
「……おい……正気か? 貴様らしくないだろう」
「正気だよ、俺は……」
「彼女は〝得難い〟資質を持っている。星域内で全面的な衝突を避けつつ
「共闘だと……」 その単語の険呑さに言葉を失いかける。「まだ十代だぞ、殿下は ……そんな
それこそミシマらしくない。そうツナミは思っている。
だがそんなツナミにミシマは淡々と言い放った。
「我々が利用しなければ
断言するミシマに、その論法には納得しかねていたツナミは思わず噛みついた。
「だがミシマ…… 卑怯なんじゃないか…… 〝洗脳〟という言葉を使って女性を嚇すような真似──」
「──〝洗脳〟の件は彼女の口から出たことだよ」
しかし思いの外に強い語調で、そう遮られた。
なるほど……。当のミュローン帝室の人間であるエリン殿下が言うのであれば、その可能性を否定できないか……。
ミシマが、真っ直ぐにツナミを向いた。
「──彼女は『国軍』に渡さない……渡したくない」
ミシマの語調が改まった。
「精一杯に背伸びしてるのは自覚してる ……協力してくれ、ツナミ」
「…………」
──そうか、そういうことか…… めんどくさいヤツだ
「……話してみよう、殿下と」
もうツナミは、そう言うしかなかった。
6月6日 1615時
【カシハラ /特別公室】
ツナミとミシマが、星域法に詳しいガブリロ・ブラムを伴ってエリン皇女殿下とアマハ准尉の待つ特別公室に入ると、殿下は三人の前に立って出迎えた。
ツナミは早くも居心地の悪い感じとなって、ぎこちない敬礼をした。
気後れしている様子のないミシマとアマハに、内心、自分で自分を叱咤する。
「正規に歓待できず、申し訳ありません……殿下。今後を
そんなツナミが士官学校で学んだ対ミュローンのプロトコルをなぞって言うと、エリンは静かに頷くと真っ直ぐにツナミを向いた。
「いえ。公式な訪問ではありません。むしろ保護していただき感謝しております」
そのとき、ちらとミシマを見たようだった。──わずかに彼女は表情を硬くしたかもしれない。
ツナミが着席を促すと、その会談は始まった──。
「──いい加減に意固地になるのは止めたらどうです」
イライラとした口調のミシマがそう言ったのは、
珍しくいら立ちを露わにしたミシマに、エリンの方も微かに上気して赤くなった
「意固地になってはいません、ミシマ候補生准尉──」 慇懃な言い方になっている。
「貴方の〝大望〟はもう解りました。ですが、わたしには、この
そう言われてしまってはミシマには返しようがなくなる。
同席させられているガブリロも居心地の悪い
さすがにミシマに同情したくなったツナミは、アマハに視線を遣った。
けれどアマハは、ひょいと視線を逸らせてしまい、仕方なくツナミは自分から切り出して二人に割って入った。
「──理由はあります、殿下。敢えて危険を冒すだけの理由です」
ツナミは、先のミシマとのやり取りを攻守役どころを変えてもう一度
「このまま同盟と連合の緊張状態が続けば、近い将来に開戦は不可避と考えています。航宙軍はそのための実力組織として整備されており、我々はその一翼を担う軍人です。戦うのであれば、少しでも有利な状況を創り出して臨みたいと我々軍人は考えます」
アマハは内心で溜息を吐く。殿下はそんなことを問題にしていない。理屈の問題じゃないの! なんでわからないんだろ……。
一方のエリンは、そんなツナミの言葉に最後まで耳を傾けた上で、ぴしゃりと言った。
「それは聞きました ──理由ではありますが、やはり必然とは思えません」
──〝必然〟や〝合理〟といった言葉にこだわるのは、彼女が【地球-アルファ・ケンタウリ戦争】の勝者の末裔たる
「星系同盟が正式にそれを求め、わたしに同道するようあなた方に命じたわけではない」
言葉を続けるエリンの声は落ち着いていた。
「成功すればその通りにことは進みましょうが、失敗となればそれこそ生命の保障がない ──そんなお話です」
言ってツナミとミシマの顔を見遣る。
「民主政体下の軍人の方々が── この
その彼女の正論に、もはやツナミは何も言えなくなりガブリロは顔を白くしている。
結局、ミシマが重い口を開いて返した。
「ですが、その生き死には少なくとも艦に乗る〝軍人〟のものについてです。民間人を巻き込んで星域全土にまでは及びません」
「軍人であれば死ぬ覚悟はできている、と?」
何とも苦しいミシマに対し、エリンの口調はいっそ冷たい響きを帯びている。
「そうではありません ──戦火の拡大を防ぐことができるかもしれない、という可能性が提示されれば、その可能性を試す気概と覚悟はある、と言っています」
売り言葉に買い言葉、という言葉の響きに、エリンはミシマから視線を逸らすと、落胆したふうに言う。
「可能性、ですか……」
ミシマも視線を落とした。
「──あの……よろしいでしょうか?」
エリンの瞳に失望の色が滲んだところで、アマハが口を開いた。
「ミシマが言いたいことは、つまりはこういうことです
──皇位継承権を持つというだけで一人の人間の尊厳が奪われてよいはずはありません。そんな体制に我々は決して屈しません ──そういうことを言ってます」
その言葉にエリンはアマハを向くと、しばし何かを反芻するような
そんな彼女と目線が合うと、ミシマは隣のツナミと共に頷いた。
エリンは、不承不承な──と言うよりむくれたようにも見える表情でミシマを少しだけ見たあと、溜息と共に小さく言った。
「もう少しだけ…… 時間をもらえますか?」
そう言って目線を下ろした皇女に、一同は顔を見合わせると席を立って一礼した。
「シホさん──」
退出するアマハにエリンが声をかける。
「もう少し、いいでしょうか?」
アマハはツナミとミシマをちらと見遣る。二人が小さく頷くと、アマハは皇女を向いた。
三人の
「わたしのために、人が死ぬかも知れません……」
アマハの方も静かに返した。
「でしょうね。でも、そのことからあなたは逃れられません」
その言葉にエリンの顔がアマハを向いた。──頼りない表情だった。
「わたし── わたしはすでに一度、間違いをしています……」
──ガブリロの誘いに乗ってしまったことを言っているのだろう。
ひとつ頷いたアマハが目で先を促すと、エリンは続けた。
「わたしの決断は、わたし一人の問題で済みます…… それに〝不可避〟と思うことで納得することもできる…… ですが、あなた方には他に選択の余地があります。愚かなことに同調すべきではないと、そう思ってしまいます……」
──なるほど、いじらしい……。
貴き者であるところの
アマハは気に入らないと思った。
──それは『軍人であれば死ぬ覚悟がある』というのと何ら変わらない……。
アマハはエリンの瞳を覗き込むようにしてハッキリと言った。
「愚かなこととは思いません」
その語調にエリンの瞳が反応する。彼女もわかっているのだろう……。アマハは続けた。
「──殿下はいま〝選択〟という言葉を使いました。まさにそこです。
殿下はただ帝室に列なる出自、というだけでそういう選択を〝強いられ〟ています。私たちは、少なくとも強いられたわけではありません。軍人である前に一人の人間として、個人の自由と権利を守る存在であろうと〝自分で決めた〟んです。
軍人であるという事実は、一つの結果に過ぎません。
──自分の信じるもののためには戦いますし、そのことを愚かとは思いません。
ミュローンだけが、自己実現のために戦う存在じゃあないんですよ」
エリンは、アマハの気魄に呑まれたかもしれない……。
小さく頷いた。
それから
「──それは『争いを回避できる』というわたしの立場からの選択よりも、意味のある…… 大切なことでしょうか?」
泣きそうな瞳……。
皇女にしてみれば、精一杯、背伸びをした決意だったろう。──でも、それは間違ったことだと主張しなければならない。大人として。そうアマハは思っている。
「私たちは個人の犠牲を前提とはしません」 半ば以上は建前……。だがそこには嘘だけじゃない。「少なくとも、そういうことを他者に強要する社会を、私たちは否定します」
ズルい言い方をしたくはなかった。だから自分の信じている……信じたいと思うことを伝える。
「そのためには、戦うと……?」
アマハはきっぱり肯いた。
「──そもそも無条件に差し出された犠牲に、
エリンは目を閉じ
アマハは、そんなエリンに近付くと、その小さな頭を両の手で挟んで半ば強引に自分の顔へと向けさせた。
「私なら…… こう──相手の目を真っ直ぐ向かせて、私の想いを諮らせます」
お道化るでもなく言い聞かせるように言う。「……よい女は、自らを安く売ってはダメです」
エリンはその気魄にしばし固まってしまった。
どう応えたものか、と、咄嗟に判断のできかねるふうのエリンの顔に、さすがに気拙くなったアマハは手を下ろして一歩下がった。
そうしてしばらくすると、ようやくエリンは微笑をアマハに向けることができた。
「では、わたしの役回りは重要ですね……」 その微笑に少なくとも迷いはもうない。
「ミュローン貴族全ての目線を、わたしに向けさせなければ」
アマハも微笑を返して言った。
「そうなりますね」
二人が同志となった瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます