25 あなたは謝らなくていい……少なくともオレにはね。


登場人物

・【私】メイリー・ジェンキンス:

  シング=ポラス自治大学の学生、19歳、女、革命政治家の娘


・"キム" キンバリー・コーウェル:

 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有

・アンナマリー・ムーフォゥ:

 メイリーの私設警護、26歳、褐色の肌のナイスバディ


・ヨウ・ミナミハラ:宙兵78期 卒業席次17番、戦術科、24歳、男

・タカユキ・ツナミ:同席次2番、戦術科戦術長補、22歳、男、艦長代理


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6月6日 1530時

【カシハラ /実習員講堂】 ──メイリー・ジェンキンス──


「──メイリー…………」


 軍艦の大きな部屋の壁際に座り込んだ私は、キムから紙製の食器トレイを差し出されても受け取ることが出来なかった。


 食欲はなかったし、今は誰とも話したくない。

 私が黙って顔を横に振ると、キムはそれ以上何も言わずに、そっとトレイを置いてその場から移動して──赤ちゃんをあやすレイチェル・ヴォーセルの許へと新しいトレイを届けにいった。


 ごめんね、キム……。あなただって辛いのに……

 こんな時に、アンナマリーが居てくれたら──


 私はアンナマリーの浅黒いキュートな顔が、「You're welcome.どういたしまして」──そう言って笑うのを思い描いていた。……でも、そんな彼女はもういない。



 私はぼんやりと頭を巡らし、部屋の中を見遣る。

 見覚えのある女性士官が避難民の間を行き来していた。私は意を決すると立ち上がって近付いた──。



6月6日 1545時

【カシハラ/ 士官次室ガンルーム】 ──メイリー・ジェンキンス──


「あの──」


 視界の中の航宙軍士官の青い制服の頭がゆっくりと振り返った。

 目が合うと、彼ははっきりと狼狽し強張った表情かおで私を見返した。


 それから彼──あのときエアロックで、私の目の前で搭乗橋のパージの操作をしたあの士官だ──は私の方に向き直り、緊張の面差しで姿勢を正した。



 避難民に解放された実習員講堂へやで見たあの女性士官──あのときのエアロックで誰彼なく責め立てていた私をなだめてくれた彼女──に謝罪し(……優しい笑顔の彼女はすぐに受け入れてくれた)、その場にいたもう一人にも謝りたいと伝えたところ、その彼はこの部屋にいるはずだと教えてくれ、私は窓際に一人立っていた彼に近づいたのだった。



 航宙軍士官の彼は、私を警戒するように重い口を開いた。


「何でしょうか?」


 私はそんな彼の顔を見上げると、おずおずと言葉を続けた。


「先程は……大変失礼しました。感情的になってしまって……」


 頭を下げる。

 ──あのとき、大桟橋から搭乗橋をパージして離岸しはなれたとき……、皆がそれぞれの立場でやるべきこと、やらなければいけなかったことに、戸惑いながらも必死に取り組んでいたときに、私の採った行動は何とも感情的で、恥ずかしいものだったと思っている。──誰の責任というのでもないのに、あんなヽヽヽこと──〝人殺し〟と言ってしまうなんて……。


「……ひどいことを言いました。本当に ──ごめんなさい」


「あ、いえ… その──」


 彼は、私のその謝罪の言葉にしばらく逡巡し、やがて意を決したように口を開いた。


「あんたは謝らなくていい……少なくともオレなんかにはね ──そうココでは理解できてます」


 笑って言って──その笑みは無理やりなものだったけれど──、自分の頭を握った拳で軽く叩いて見せた。


「──オレが民間人ごと搭乗橋はし落とパージしたのは事実だから……」


 私は、どういう表情かおをすればよいのかわからなくなって、彼を見返す。

 そうするより、他に出来ることがなかったから。


 すると彼は、苦い表情を飲み込むようにして、違う笑い方になって言う。


「ただ…… 少し心が楽になった」


 私も、それで少し救われた気になる。



「あと、ツナミのヤツ──〝艦長代理〟をやっているツナミには、同じことを言ってやってください」


 少し柔らかい表情になった彼は、友人のために私に言った。


「──いいヤツなんだと思います…実際。不愛想で『ええかっこしい』だけど、そのくせナイーブで……こんなことにでもならなけりゃ、〝人殺し〟なんかにとてもなれない……大分参ってます」


「はい……」

 そう言われてまた恥じ入ることになった私は、もう一度彼に頭を下げる。「──あの、本当に、ごめんなさい」


 彼が一瞬だけ泣きそうになった目を逸らして頷いたとき、その艦長さんにも謝ろうと思った。



 ──皆がやれることを精一杯やっている。その結果から目を逸らしたりしていない……


 私も、自分の出来ることをしなければ。──他人ひとを責めてばかりの自分は嫌だと思った。


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