17 慣れてないからさ、こういうのって


登場人物

・【ボク】"キム" キンバリー・コーウェル:

 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有


・メイリー・ジェンキンス:

 シング=ポラス自治大学の学生、19歳、女、キムのルームメイト

・アンナマリー・ムーフォゥ:

 メイリーの私設警護、26歳、女、褐色の肌のナイスバディ


・レイチェル・ヴォーセル:

 テルマセクからの避難民、27歳、女、赤子を抱えたお母さん

・イラーリ:テルマセクからの避難民、キムのクラスメートの従弟、6歳、男

・アルレット:イラーリの姉。8歳、女

・マクマホンさん:メイリーとキムの下宿の女主人



・【俺】タカユキ・ツナミ:

  宙兵78期 卒業席次2番、戦術科戦術長補、22歳、男


・ユウ・ミシマ:同席次1番、船務科船務長補、22歳、男

・ジュンヤ・タカハシ:同士官候補生准尉、船務科、22歳、男


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6月6日 1220時

【カシハラ/ 右舷与圧室エアロック】 ──キンバリー・コーウェル──


 ──わっ、わっ…、わわわっ……!


 〝ボク〟は軍艦の与圧室エアロックに飛び込むと、ルームメイトメイリーの伸ばした腕に掴まって何とか勢いを殺した。

 メイリーが自分も床から浮き上がりそうになるのを腰を折るように脚を振って何とか堪える。


「キム…っ‼ 危ないでしょう、そんな遊泳しちゃ… ──他人ひとの迷惑になる!」

「ごめん…… 慣れてないでしょ? こういうのって」


 ボクはそんなメイリーに言い訳するように言って、今度はゆっくりと浮き始めた彼女の身体を腕を引いて留めてやる。──宇宙の無重力状態はこういうところが面倒くさい。


「早かったのね……マクマホンさんやイラーリたちは?」

「まだ宙港中心部ハブ ──次の便で上がってくると思う…… シャトルが順調じゃないんだ。レイチェルと赤ちゃんとボクだけ先に上がってきたの」


 住居ブロックトーラスから一緒に避難してきた他の人達は、まだ宙港中心部ハブで留め置かれてる。

 今朝からの騒ぎで大桟橋内の移動手段シャトルも混乱していて、時刻表ダイヤはもう当てにできなくなっている。次の便がすぐに動くのかどうかはわからない。


 こういう時に、メイリーは旧知のマクマホンさんだけでなく、ここへ避難する途中で知り合ったイラーリやアルレットのことも気にかけてる。──この責任感の強さはお父さん譲りなんだろうな。

 言うと嫌がるけどさ、こういうトコはやっぱ頼れるし、彼女らしくて好きだ……。育ちの良さは美徳なんだと、素直に感じる。



「そう……」


 メイリーが心配そうな表情かおで大桟橋の方を見た。

 心配することしかできないのは皆同じだけど、彼女はいろいろと他人ひとのことまで心配し過ぎる……。

 少しボクが肩代わりしてやんなきゃダメかしら──。柄にもなくそんなふうに思うボク。


宙港中心部ハブまで迎えに戻ろうか?」 ──言っていた。


「え?」

 メイリーのきょとんとした表情かおに見返された。最初からその選択肢はなかったらしいのがちょっと悔しい。


「キムちゃんが行ってもあんまり役には立たないでしょう?」 代わりにアンナマリーが、ボクのメガネを軽く弾くようにして話を引き取ってしまった。

「──私が行きます」


 彼女、いい人物ひとだけれど、ボクのコト、子供扱いするの何とかならないかな。


「そうしてくれる? ありがとう」


 メイリーが安心するように表情かおを綻ばす。


You're welcome.どういたしまして


 アンナマリーは床を蹴ると搭乗橋ボーディング・ブリッジを大桟橋の方へ、しなやかに長身を宙に舞わせて、ボクの眼前を横切っていった。


 ──おっきな胸……ふん、だ!



  ****  ****  ****  ****



6月6日 1225時

【カシハラ/ CIC】 ──タカユキ・ツナミ──



 戦闘指揮所CICで電測員から状況を聞かされた時、俺は一連のミスを決定付けている。

 ──そもそも最初のミスは民間人の収容の判断だったか……。


「この小艇……やっぱさっきのヤツかな?」


 情報分析室 (CICに繋がる各種別室の一つ)から転送されてきた処理画面をメインモニタに映した電測管制のタカハシのその言葉に、俺は少し苛ついて応える。


「こんなに巧く輻射管制ステルスする小艇なんてそんなにあるわけないんだよ── 間違いない……」



 普通なら航宙軍艦艇の探知の網を掻い潜るほどの輻射管制能力。──帝国宇宙軍ミュローンの特殊部隊というのは本当だろう。──しかしコレは想定外だった……。


 あの小艇フネを使えば隠密接舷も然程さほど難しい作戦ではないんだろうが、今回は少しばかり勝手が違ったな。


 もともとカシハラは航宙軍標準巡航艦の大型の艦型を採用しながら練習艦であるために機関/兵装等の装備は抑えられているのだが、その余剰の艦内容積スペースに巡航艦としては過剰な処理能力を持った情報システムを積載している。──各種訓練シミュレーションを円滑に実行する必要からだ。


 彼らミュローンにとって不運だったのは、今朝の接舷攻撃支援機による空襲騒ぎで、カシハラは艦の全周を定期的に光学走査の上、有り余っていたその情報処理能力で走査画像の微細な変化──例えば背景の星の光源の差分比較──といった解析をし続けていたことだ。


 結果、運も有ったろうが、これだけの輻射管制を実施している小艇を見事に補足してのけたのだ。



「もう戻ってきたのか……」 ──しつこい。


 この小艇は先に〝黒袖組〟の高速恒星間ヨットを制圧していたもので、皇女殿下を待ち伏せしていた公算が大だ……。

 となると、やはり狙いは皇女殿下ということになる。


 たった1艇の小艇に接舷攻撃されたとしても、通常の巡航艦であれば艦の宙兵で十分に対応できる。


 恒星間練習航宙中の練習艦でも、乗組んでいる正規乗組員クルーと訓練生とで十分な対応が取れるはずだが、カシハラの現状では一度ひとたび移乗を許せば絶望的なことになるのは自明だ。

 艦橋、CIC、機関制御区といった艦中枢のどれか一つでも制圧されればカシハラは動けなくなるだろう……。

 その時点ででお終いゲームセットだ。

 しかも相手は特殊部隊らしい──。これは絶対に接舷させては拙かった。



「CICより艦橋──」


 俺はみぎ舷の与圧室エアロックに『収容作業め』の指示を出すようコトミに伝えると艦橋を呼び出した。すぐに副長役船務長補として艦橋に詰めてるミシマが出た。


『こちら艦橋ミシマ──どうした?』


帝国宇宙軍ミュローンの小艇が接近してる。さっきのヤツだ。大桟橋ここにいたら乗り移られる…… 一度桟橋から離れたい」


『…………』

 ミシマの目線が艦内通話の小画面の中で床に落ちる。やがて落ち着いた声音が返ってきた。


『……その方がいいね、確かに ──民間人の収容の方は?』


「さっき収容作業めの指示を出した」

『間に合うかな?』


 ミシマが独り言ちる。宇宙港テルマセク側の作業が心配だった。

 民間の離岸手順マニュアルに合わせて待ってられないし、三度みたびの戦闘状況ともなれば宙港の職員が迅速に作業に当たれるとも思えない。


「最悪、搭乗橋ボーディング・ブリッジ強制切離しパージする。いまは艦の機能維持の方が先だ」


 俺は言い放った。乱暴なのは解かっているし、民間人の収容を主張したのは俺だったが、この状況となってはもう構ってはいられなくなっていた。


『……了解した』

 ミシマは頷くと艦橋の各部署に指示を始めた。『──機関始動! 発進準備』



 ──あとは時間との勝負だ。それだけのハズだった……。



  ****  ****  ****  ****



6月6日 1230時

【カシハラ/ 右舷与圧室エアロック】 ──キンバリー・コーウェル──


 さっき兵隊さんの口から『受入れめ』のセリフを聞いた。


 与圧室エアロックの中が慌ただしくなって、それから宇宙港テルマセク職員の姿が消えて宇宙船ふねの重たい気密扉とびらが閉じられてしまうと、いよいよメイリーが不安な表情かおになる。


 乗員や兵隊さんたちが盛んにボクたち──テルマセクから避難してきた人を奥の方へと促すけれど、メイリーもボクも、ここを動くつもりはなかった。

 まだアンナマリーがイラーリやアルレット達を連れて到着していなかったから……。


「──強制切離しパージって、おまえ……‼ いや…いいのか、それ……」


 不安げに気密扉の小さな窓ガラスから搭乗橋ボーディング・ブリッジへと視線を遣っていたメイリーが、耳に入ってきたその言葉に反応する。ボクも声の方を見た。


 エアロックの端の制御盤コンソールで、兵隊さんが誰かと船内通話をしていた。

 その差迫った怖い表情かおを見るとこっちまで不安になってしまう……。


 短く激しいやり取りのすえに兵隊さんが同意したらしかった。大きな声が聞えた。「──わかった! わかったって‼」


 兵隊さんは奥の乗員に向き直って叫んだ。「──強制切離しパージする! ……やるぞっ‼」


「……強制切離しパージですって──」 メイリーが蒼ざめ呆然とした表情になる。



「──‼」

 彼女が定まらぬ視線を窓ガラスに戻した次の瞬間、その瞳が焦点を結び表情に力が戻った。


「待って……待って! 待ってっ‼」


 制御盤コンソールの兵隊さんを向く。だけど兵隊さんの手は止まることはなく、幾つかのキーを打ち込んでいる。


 メイリーが絞り出すようにして叫んだ。


「──だめよぉぉぉーーー‼」


 次の瞬間には宇宙船に、小さく鈍い振動が伝わったのが解かった。

 火薬が使われ搭乗橋を爆破したのだ。


 ──ボクはそのとき、エアロックの小さな窓の向こうに、イラーリの小さな帽子が飛ぶのを見たように思った……。


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