第7話 リアル:データの共有(その1)

 簡易的に用意した大学ノートの切れ端に、坂井は事件の概要を書き連ねていた。

「この、ふな子さんの書いた方の原稿はアレだね、額縁小説という形態にしてある点からしても、リアル路線の作家さんなのかな。普段はどうなの?」

 額縁小説と呼ばれる、入れ子型の形態を取った推理小説は作品の一部を架空としてメタ化してしまう。ふな子の作品も、異世界で起きた殺人事件の部分はすべて架空の創作物であると作中に明記される形式を取っていた。……いわゆる天文学的数値の予防措置である。

 厳密に考えれば、リアルを舞台としない場所では作者の想定を越えた可能性が幾らも潜んでおり、そこを指摘されないための方策だ。完全とはいかないが。


「彼女は、普段書いているのは純文学系なんです。心の問題とかを取り上げることが多くて、むしろ推理モノなんて今回が初めてですよ。だから、作品自体の出来はこちらの方が上でも、彼女が出来心を起こした可能性は否定できません。」

「俺、気になる点があるんだけどさ。」

 縣の意見を途中で遮って、坂井は注意を促した。

「この人が、付け足しで額縁の外側パートを書いたんだとするじゃない? だったらさ、これだけ書けるんなら、なんで本題部分の異世界パートも解らないように書き換えなかったのかな?」

「それは鈴さんの方にも言えます。彼女はそもそもで、異世界を舞台にすること自体に否定的だったじゃないですか。それこそ、巨視的トンネルの発動絡みで。推理物として成立させることが難しいことは承知していたはずなのに、どうして額縁形式にはしなかったんでしょう。知らないとは思えません、ミステリ読みなんだから。」


「そう言えば、額縁として付け足された部分と本題の部分で、文章が違うのも気になる点だなぁ。」

「俺もそれは気になってました。どちらの文章も知ってるつもりですが、明確にどちらが書いたものかは、この文章からは判別出来ませんね。」

「ざっくりと書いた第一稿って感じかなぁ、受ける印象としては。」

「たぶん、そうなんでしょうね。それをそのまま出してきたのも、変ですね。」



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