#027 贖罪の少女
私は、一生懸命に冷静に考えようとしていた。
ティアちゃんは、魔法が―― 風属性〈カトレの渡し鐘〉が使える。
この魔法は、他者に苦痛を転嫁する魔法なの。
本来は、自陣が受けた攻撃を、敵陣へ反射する領域支援魔法。
戦いのとき、自軍の前衛、側衛、本隊の戦意を維持し、逆に敵陣の士気を下げるために使う。この魔法を使い手は、戦いのときは常に最後衛にいる。そんなちょっと特殊な魔法だった。
それを、ティアちゃんは、他者の傷の苦痛を取り除くために、全く逆に自分へ向けて使っていた。
ティアちゃんがしているのは、治癒魔法じゃない。
傷を負ったアリエラの人たちの苦痛を、肩代わりするだけの魔法なの。けして傷が治るわけじゃなくて、痛みが一時的に取れる、それだけの魔法。
すごく痛かったはず。
でも、怪我が治るわけじゃない。きっと、あの冷たい大人たちは、ティアちゃんを能なしの役立たずと小馬鹿にしているはず。
それに、贖罪って――?
魔法が使えるということは、ティアちゃんは、平民市民ではなく、貴族の血筋ということになる。でも、アリエラの王侯貴族は壊滅したはず。
オルガンとカルフィナが謡い終わった。
冷静に考えるのって難しいね。
私は、魔王帝国の皇女で、大勢の魔族と眷属のみんなを預かる身なのに、冷静に考えることが役目なのに……
◇ ◇
演奏が終わっても、ティアちゃんはオルガンの前に座ったままだった。
十字架を右手で包んで、ティアちゃんは、泣きそうな顔を堪えていた。
拍手した。
これで認識阻害魔法の一部が解けて、ティアちゃんは、私もいることに気づいた。
同時に、私の領域魔法の端っこで小さな影たちがぴょこぴょこし始めた。いるのはわかっていたけど、おチビさんたちは、大人たちが怖くて物陰で小さくなっていたの。
魔王帝国の皇女だから、私の魔法力も支援特化。統率者の血筋に特有な領域魔法を常時展開している。私の領域魔法は、情報の魔法。周囲にいる人たちの様子が全部、大雑把だけど把握できるの。
小さな足音たちが、とたとたとたとたとたと、駆けてきた。
「あっ、コロッケのおねぇちゃんだぁ!」
カクっと来た。この子たちってば、正直だね。知らないとはいえ、この私を、魔王帝国の皇女を「コロッケの人」と認識してるなんて。ああ、もおっ! 私の領域魔法は、大軍勢を大掴みに把握する魔法だから、さすがに何を考えてるのかまではわからない。
「ねぇ、今日は、コロッケないの? ないの?」
今日も下町商店街に立ち寄った。ちゃんと、コロッケを買った。
でも、コロッケが冷めないように紙袋ごと結界してあるの。
それに、昨日は油断して、このチビたちに後れを取ったけど、今日はちょっと本気を出させてもらった。匂いが漏れてないから、わからないでしょ。
「コロッケ、持ってないの?」
「コロッケは?」
おチビさんたちが、必死な目で訴える。
ふふん。今日は持ってないよー と、仕草でわざとらしく演じてみた。
「大人げない……」
カルフィナが隣でため息を、わざとらしく。
「わざわざ商店街に立ち寄って、コロッケたくさん買い込んだくせに~」
「「「「えっ! コロッケ、あるのっっ!」」」」
おチビさんたちの瞳が輝いた。
カルフィナってば、ばらすの早すぎ。もう少し、おチビさんたちをじらしてからと思ったのに。
おチビさんたちが、エプロンスカートの裾や袖口に、すがり付いてくる。カルフィナもジト目で見てるし、ティアちゃんは困惑してるし……
「はい。降参。今日はちゃんと人数分、コロッケ買ってきたよ」
トートバッグから大袋を取り出した。取り出す瞬間に結界魔法を解除。ふんわり甘く揚げたての匂いが広がる。
ぴょんぴょん跳ねるおチビさんたちに、コロッケを配った。
「はい。ティアちゃんの分もあるよ」
コロッケを差し出した。
「そんな……」
ティアちゃんの瞳が困惑で揺れている。
「受け取って、食べて。みんなで食べるから。ティアちゃんが食べないと、私とカルフィナも食べられないから」
薄緑の瞳が濡れている。
「すみません…… ありがとうございます」
ティアちゃんがコロッケを受け取り、ひとくちかじった。
ぽた ぽた ぽた ぽた
小さな修道女の足元で、涙のしずくがはじけていた。
「わたし、何にもできないのに……」
後は声が小さくて聞き取れない。
おチビさんたちが、ティアちゃんを、小さな修道女を慕う様子は、もうわかっていた。ティアちゃんは、十分に頑張っていると思う。
ティアちゃんに必要なものは、贖罪ではなく、救いだと思う。
だから、
小さな修道女、ティアちゃんを抱き寄せた。
「私たちは、あなたたちを救いに来たの。もしも、私たちが――」
一瞬の躊躇。
「――もしも、何か困ったことがあったら、私たちを頼ってください」
ティアちゃんの薄緑色の瞳が、驚き見あげていた。
カルフィナがため息をついている様子が、背中から伝わってくる。
「必ず助けるから。救い出してあげるから。約束するから」
きっと、ティアちゃんは、きっと、こんな約束なんて理解していない。
でもね、抱っこしてささやいた言葉は、気持ちだけは、伝わるはず。
「はい。待っています」
◇ ◇
帰り道。下層市街から、ギルド本部のある下町へと階段を登った。
「もう、システィーナってば、いっそのこと、アリエラ跡から建物を移築して、新しい街を作っているから、来てって、話しちゃえば良かったのに」
「ごめんなさい。戸惑ってしまったの」
カルフィナは、私が煮え切らなかったことを、呆れているの。
「大集会の場で言ったでしょ。自国の市民すら幸せにできない愚かな人類の王侯貴族を、許すことなく殲滅するって」
泣き顔のティアちゃんを思い出して、自然と言葉が強くなる。同時に、戸惑いも。
くるりとカルフィナがスカートを翻して、階段の途中で踊るように振り返った。
「でも、やるんでしょ。アリエラの人たちをこのままにしておけないよ」
うん。
「滅ぼすべき王侯貴族と、救わなきゃいけない人たちが、同じ城都内に住んでいるのよ。判断力を問われる作戦になるわ。できるの?」
カルフィナが、にやにや笑いでいう。私が何を戸惑っているのか、もう、答えを知っている顔だ。
「私は、魔王皇帝陛下の孫娘だよ。できるに決まっているじゃない」
つんと口を尖らせた。笑い返した。
同時に、いろいろなスケジュールを盛大に前倒しにする必要を感じていた。
私付き戦力の獣人騎士団のみんなや、ビッグホーン男爵率いる突撃騎士団と作戦を練らなきゃ、ね。
あと、調べて確かめなきゃいけないことも……
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