#029 虚栄の騎士たちと、傷ついた小さな騎士
星歴1229年 10月30日 午前9時30分
ベルメル王国 平民市街 ギルド本部
潜入6日目。
その日は、朝からトラブルがあった。
ベルメル王国騎士たちが、冒険者ギルドの受付カウンターにやってきて、無理難題を押し付けてきたの。
「これ以上のご依頼は、お支払いなくしてはお受け致しかねます」
ライムギルド長が、受付カウンターに積まれた依頼用紙を前に、抗議した。
「ギルドの資金で立て替えれば良い。支払いなら後で行う」
騎士のひとりが見下すような口調で煽り立てる。下品な薄ら寒い笑みを浮かべていた。
「すでに相当額をギルド側で負担しています。これ以上は無理で……」
別の騎士が、乱暴に受付カウンターを叩いて、遮った。
「口答えをするな。王国に逆らうものは処断するぞ」
くっとライムギルド長が歯ぎしりした。
私たちは、さすがに目立つわけにはいかず、受付から離れて、レストラン側のテーブルの端に集まっていた。いま、ベルメル王国側とトラブルを起こすわけにはいかない。私は、心の中でライムギルド長に詫びながら、認識阻害魔法で隠れていた。
「こんなギルドなど、国王命令ひとつで簡単に取り潰せるのだぞ」
騎士たちは、これ見よがしに、ベルメル王国の紋章を染め抜いたマントを羽織っている。権威をかさに着る典型的なゴミくず。始末してしまいたいと心の底から、攻撃衝動を感じたけど、頑張って我慢した。
「……お請け致します」
ライムギルド長が、絞りだすような声で応えた。
「わかればよろしい。今回の無礼、寛大に見てやろう」
騎士たちは鷹揚にうなずき、嘲笑いながら立ち去った。
「「「ギルド長っ!」」」
その場にいたスタッフ全員が、受付カウンターに突っ伏したままのライムギルド長の許へ駆け寄った。
「すまない、みんな。ギルド長なんて偉そうな顔してるくせに、こんなざまだよ」
何もできず隠れていたことを心の中で繰り返し詫びた。そして、ギルド長も、ここにいるみんなも救いたいと願った。
◇ ◇
とんとんとん……
夕暮れ時。また、ちいさく裏口からドアを叩く音がした。
ライムギルド長は、裏口へ食事の残り物を包んで向かった。私も付いて行った。
そして――
「どうしたの!?」
思わず声を出してしまった。
子供たちが食べ物をもらいに来ていた。
その中のひとり、昨日来た小さな男の子、ラーダが、右腕から血を流している。駆け寄った。
「折れてるじゃないの。いったい、どうして……」
微かに傷口に触れて、驚いた。男の子の顔を見た。
無表情の人形のように凍ったまま、ぎゅっと唇をかんでいた。絶対、痛いはずなの。なのに、この子は大人を頼ろうとしない。小さな男の子がこんなにも心を閉ざしているのは驚きだった。
まるで虐められた野犬のような目で、私を睨んで警戒している。
この子は、ティアちゃんからの魔法も断っていた。
でも、こんな傷を負うなんて、一体、何がこの子にあったの? だって、こんなひどい怪我はあり得ない。
ぽんっと、肩を叩かれた。
振り向くとライムギルド長が悲しそうな目を伏せていう。
「この子たち、どうして、こんなにやせ細っていると思うかい? こうして食べ物をもらいに来ているのにさ」
えっ……?
気づいた。このレストランは、冒険者ギルド併設だけあって、お肉料理を中心にカロリー高めのメニュー構成になっていた。
それを毎日のようにもらって帰っているはず。
まさか……?
「こいつらの親たちも、もしかしたら親戚たちも、みんな飢えているんだ。
あたしがうっかり、もう半年になるかな?
この子たちに食べ物を分けてしまったものだから、それ以来、この子たちをつらい目に合わせることになっちゃったのさ」
つまり、この子たちは、ここで食べ物をもらい、帰った先で、誰かに取りあげられる毎日を繰り返しているの。
その子が折れていない左手を無言で差し出した。
私はもう泣きそうだった。
魔王帝国の皇女である私の魔法スキル構成は、支援特化。こんな怪我くらい、いますぐ治せる。なのに、いまは、目の前にいる小さな男の子を救うことができない。
認識阻害魔法でヒト属に化けている以上、私の強力すぎる治癒魔法は使えない。
「ご、ごめんなさい」
男の子を抱きしめる。それしかできない。でも……
「だっこなんていらない。それより食べ物。
僕が食べ物を持って帰らないと、ティアが虐められるから、早く……」
男の子がポツリとしゃべった。表情のない声で夕闇を叩くの。
「ほら、これでいいかい」
私を押しのけて、ライムギルド長が、男の子に食べ物の包みを手渡した。
子供たちは、いつものお辞儀も忘れて、夕闇の向こうへ駆け出して行った。
ライムギルド長は、深くため息をついた後に、私に向き直った。
「システィーナさんは優しいね。だから、明日はあたしひとりで子供たちの相手をするから。あなたはあの子たちのことは忘れなさい」
「そんな…… なぜですか?」
瞳を赤らめた私の声は、たぶん、少なくない怒気を押し殺していた。
「貴族たちに知られると面倒なんでね。
あの子たちは、この街のはずれ、アリエラ貧民街の子供たちなんだ」
「貧民街…… ですか?」
数日前に歩いた下層市街の薄汚れた様子を思い出した。『貧民街』という呼び方で、アリエラの人々がこの十年間の間にどんな苦難に見舞われたのか、伝わってくる。
私の様子に何か思うところがあったらしく、ライムギルド長は少しの躊躇のあと、独り言のように話し始めた。
「いまから、十年前――
カレル湖の東湖畔にあったアリエラ王国は、このベルメル王国との戦争に負けて、滅ぼされて、住民は奴隷同然の扱いで貧民街に放り込まれたんだ。
大人たちはベルメル王国の貴族に酷使され、さらに、子供たちはその大人たちから虐められている」
ひどい。両手を握りしめて、歯を食いしばって、残酷な言葉に耐える。アリエラ下層市街を散策して、理解した気がしていた。でもね、目の当たりにした。こうして言い聞かされた。手が届く場所に、傷ついた子がいるのに、救えないのは、つらいというよりも、怒りに近い。
「いま来た男の子は、ラーダ。両親はいない。親戚と暮らしているらしいけどね。
話していたティアはあの子の妹なんだ」
ライムギルド長がいうには、あの子はいつも生傷が絶えない。妹をかばって戦っているらしいの。
あの男の子がティアちゃんの兄さんなんだ。
小さな教会で、壊れたオルガンを弾いていたティアちゃんを思い出した。そっか、お母さんを亡くしたあと、あの男の子がティアちゃんを……?
「うちのギルドに来る男たちで、あの子が一番に勇敢だよ」
ライムギルド長の言葉は、重くて、泣きたくなった。
だけど…… ごめんなさい。
私は、ライムギルド長の言葉に疑問を感じた。
ライムギルド長には、郵便を出しに行くついでに、アリエラ下層市街に立ち寄ったことを話していない。
あのとき、教会で覗き見たふたりの様子は、違うと思うの。
無表情な男の子ラーダと、ティアちゃんの関係は、兄妹とは思えなかった。あえて例えていうと、私とアイリッシュのそれに近い気がする。感覚的なモノだから、言葉で上手く説明できないけど。
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