第15話 「…あざだらけじゃないか…」
「…あざだらけじゃないか…」
父さんが、あたしの腕を見て言った。
「大丈夫よ。これくらい。」
あたしは、笑ってみせる。
「…痛くないのか?」
「うん。あ、でも腕力ばっかついちゃって…ほら、腕が筋肉質っぽくなっちゃってない?」
腕を曲げて、力コブを作ってみせる。
「これが悩みと言えば、悩みかなあ。」
父さんは少しだけ切なそうな目であたしを見て。
「…無理すんなよ。」
って、頭をなでてくれた。
「うん。」
「じゃ、また明日来るから。」
「いってらっしゃーい。」
明るい声で父さんを見送ると。
「あ、いつもお世話になります。」
松葉杖でリハビリから帰ってきた前田さんが、廊下で父さんと話してるのが聞こえた。
「うわ~…しゃべっちゃった…」
顔を真っ赤にして病室に入ってきた前田さんを見て、思わず大笑いしてしまう。
「これからは化粧も手が抜けない。」
前田さんは鏡をのぞきこみながら、頬をパンパンって叩いた。
「杖、慣れた?」
「うん。あんたのおかげで、ここまでこれたわ。」
「あたしのおかげ?どうして。」
「一緒に、リハビリ行ってくれたから。」
「……」
「本当は、ずっと怖かったの。ケガや病気すると…よくわかるよね。一人って、寂しいなって。」
「家族に、連絡すればいいのに…」
「いやよ。またバカにされるがオチなんだから。」
「あたし…前田さんのご両親って、前田さんが思ってるような人じゃないと思うな。」
「どうしてよ。」
「だって、前田さんに
「……」
「そんな素敵な名前をつけてくれた人だもの…きっと、変わらず愛してくれてるはずだわ。」
あたしが足をマッサージしながら言うと。
「…あんたの、
前田さんは椅子に座って…あたしの足をマッサージし始めた。
「あたしの生まれたクリスマスイヴは、とってもきれいな月夜だったんだって。」
「へえ…イヴ生まれなの?」
「うちの家族には三人いるの。」
「充分笑えるネタね。」
「うちは華道の家で…だから、母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも「はな」ってついてるの。」
「かっこいいわね。」
「お母さんが、
「……」
前田さんは少し考えて。
「さくら?」
って言った。
「正解。お兄ちゃんは、華やかな音の子って…
「あー、神 千里似の男前君ね。」
「ふふっ。お姉ちゃんは、きれいに咲く華の子で、
「男前と双子なのに、お母さんに似てふわっとしてるよね。今度双子揃って来て欲しいわ。」
「んー…小さい頃の写真は、区別がつかないほどソックリよ。」
「幼少期の双子って天使よね~。」
「それで、あたしが…」
「華やかな月の夜に生まれた子、なのね?」
「あたり。」
あたしは小さく笑う。
左手のブレスレットが、寂しく見えた。
詩生は、あれから…来ない。
「…前田さん。」
「ん?」
「あたし、歩けると思う?」
「……」
酷な質問をしてしまった。
「…ごめん、こんなこと…」
「歩かなきゃ、いけないんじゃない?」
「…え?」
「歩けたら…きっと、彼氏もさ…」
「……」
「何年かかったっていいじゃない。諦めちゃ、だめ。彼氏が好きなら…諦めないで。」
何よりの言葉だった。
わっちゃんは、あたしのリハビリに関して…あまりいい顔をしなかった。
それは、やっぱり…
あたしが歩けない事実を身を持って知った時に…前以上に辛くなるからだ。
あの自殺未遂が、病院の関係者をピリピリさせてしまった。
「大丈夫だよ。あんた、思いの他根性入ってるしさ。死にかけてたのに生きてるんでしょ?じゃあ、奇跡はまた起きるよ。」
「…ありがと。」
あたしは、前田さんの手を握る。
「何よ、気持ち悪いなあ。」
前田さんは照れ笑いしながら…だけど、優しい口調で。
「あたしさ…あんたと会えて良かった。」
って言ってくれた。
「…え?」
「親にさ…家族に、会ってもいいかなって…優しい気持ちになって来たよ。」
そう言って、前田さんはロッカーから家族の写真を取り出したのよ…。
* * *
「悪かった。」
ある日…突然。
妙な組合せが、やって来た。
そして…烈と詩生は、あたしに頭を下げて謝った。
「おまえがこんな時に…余計な気使わせて…」
烈が、あたしに軽く頭を下げて。
「ほんっと、ごめん。」
って…
「俺も…もっとしっかりしなきゃいけないのに。おまえを不安にさせてばっかで…」
詩生まで…
「ちょ…ちょっと、待って。」
あたしは、目を丸くして二人に問いかける。
「どうしたの?急に二人してそんなこと…」
「そりゃ、反省したからに決ってんだろ?」
「…反省?」
烈は髪の毛をかきあげて。
「あの次の日にさ、詩生がうちに来て。」
「いいよ、そんな話…」
「ま、いいから。で、俺のどこが気に入らないのか…なんて言うんだぜ?」
「……」
「そうなったら延々けなしあいだよ。でも、そのおかげで…すっきりした。俺は俺なりにおまえのこと好きだったけど…詩生になら、譲ってやってもいいかな…なんて。」
「譲るってのは何だよ。華月は俺のもんなの。」
「うっせえな。」
「言い方に気を付けろ。」
「…まあまあ…」
聖が二人の間に入って。
「と、いうことになったからさ…おまえも、これで一つ心配事が減っただろ?」
って、笑った。
「減ったって言うか…余計不安になっちゃったわよ。」
「どうして。」
「仲のいい詩生と烈なんて、なんか…妙なんだもの。」
あたしの意見に。
「ぶふっ。」
吹き出したのは、前田さんだった。
「あ、ごめん…失礼。」
詩生は首をすくめて苦笑いしてる。
「ところでさ…」
少しだけ、気分がなごやかになったところに。
烈が、話し始めた。
「何?」
「おまえ、仕事やんないか?」
「…仕事…?」
「モデル。」
「え…」
あたしは、目を丸くする。
「だって…立てないのに?」
「座ったままでいいのがあるんだ。口紅のポスターなんだけど…ほら、何年か前にリップのポスター撮ったろ?」
「…うん。」
「あの会社の社長さんが、是非おまえにって。」
「……」
思わず…うつむいてしまった。
こんなあたしに…モデルなんて…
「いい話しじゃねーか。やってみろよ。」
詩生が、あたしの頭をグリグリしながら言った。
「詩生…」
「張り合いが出るだろ?」
「……」
「ま、正直言って…烈と一緒の仕事ってのがひっかかるけど。」
詩生が唇をとがらせて言って。
「まーまー、俺に任せなさい。」
烈がニヤニヤしながら詩生の肩に手をかけた。
「…烈と一緒?」
「ああ。これ。」
そう言って、烈が絵コンテを差し出した。
あたしは、それを見入る。
それには、男の膝に気だるそうに座った女。
「これなら、できるだろ?」
「…でも、あたし…」
「やろうぜ。俺、この仕事おまえとじゃなきゃ、やんない。」
烈が子供みたいなこと言って。
「だだっ子みてぇだな。」
聖に笑われてる。
「やってみろよ、華月。」
詩生のまっすぐな瞳に…
「…うん。」
思わず、あたしは頷いてしまった。
「よーし。じゃ、乾杯しようぜ。」
聖が、持ってきた袋の中から、シャンパンと紙コップを取り出して。
「病院なのに…」
あたしが小さく笑うと。
「めでたいことだから。」
って、紙コップを配り始めた。
「前田さんも。」
詩生が前田さんに紙コップを渡すと。
それまで黙ってた前田さんは、あたしをじっと見て。
「…あんた、モデルなんてやってたの?」
って、眉間にしわをよせて言ったのよ…。
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