第11話 「…ミュージックビデオ?」
「…ミュージックビデオ?」
突然、
そこで…この仕事の話。
「そう。設定は、別れた恋人。」
「…あたしと、烈…彼とで?」
「クラブで一番息の合う二人をよこしてくれって言ったつもりだけど。」
あたしと烈は、高校を卒業して同じモデルクラブに入った。
確かに…烈とは一番息が合うけど…
「どんな曲ですか?」
烈は乗り気で、早速資料を見せてもらってる。
あたしは…
あれから、随分立ち直った。
そのおかげで…とはおかしい言い方だけど。
気持ちも落ち着いて、撮影もスムーズにいっている。
「
ふいに、おじちゃまに言われて顔をあげる。
「え?」
「詩生のバンドのMVなんだ。」
「……」
あたしが呆然としてると。
「俺も、仲いいですよ。」
って、烈が笑った。
詩生の…バンドの曲?
「これが、その曲。」
おじちゃまはCDをセットすると。
「まだ発売されてないんだぜ。」
って、あたしたちに笑いかけた。
「…これ、シングルなの?」
「ああ。」
「こんなに、冷たい曲を?」
膝の上で組んでる指が震える。
『僕は僕のままでいいって言ったのは君だろう?』
この歌詞…
詩生だ。
詩生の声…冷たい。
「今までのキャッチーなロックもいいが、そろそろギャップで攻めないと飽きられるからな。」
「完壁にやれますよ。」
烈が自信ありそうな声で言って。
「そりゃ頼もしいな。」
おじちゃまが、笑う。
「じゃ、早速撮影に入ろう。スタジオに降りてくれ。」
「分かりました。」
あたしは目の前の絵コンテを見ながら、ブルーな気持ちになった。
…烈と仕事をする。
これ…詩生は知ってるのかな…
撮影スタジオでは、すでにセットが出来てて。
あたしと烈はそこで予定されてた二時間よりも早く、撮影を終えた。
雨に濡れるシーンが多くて、濡れた髪の毛をタオルで拭きながらモニターチェックをしてると…
「作者のお出ましだぜ。」
烈が階段の上を見ながら言った。
言われて階段を見上げると…
そこにいる詩生は、冷やかな目で…二人の女の人と一緒だった。
「よ、お二人さん。」
「美人つれてんな。」
烈と話し始めた詩生のそばに居辛くて、あたしは離れる。
やだな…なんだか…
「華月さん。」
呼ばれて顔をあげると、
「あ…久しぶり。」
「モデルさんて、華月さんだったんだ?」
「うん。」
「大丈夫?髪の毛、ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうよ。」
優しい希世ちゃん。
「う…っくしゅん。」
「ほら。」
「大丈夫大丈夫…それより、すごい人気者になっちゃって、大変だね…学校大丈夫?」
「…俺は、学校辞めた。」
彰君が髪の毛をかきあげながら言った。
「辞めたの?」
「親父が…行かなくていいって…」
「あはは、なんかわかるような気がする。」
…こうやって、彰君希世ちゃんと話してても。
背中に…痛いほど、詩生を感じる。
「希世ちゃんは?」
「俺はまだ学生やってるから、今から学校。」
「
「映ちゃんはプライベートルームで寝てる。」
二人とも、きれいな顔だよなあ…
このバンドが美形バンドって言われるのが納得できる。
「撮影、もう終わりか?」
「ああ、一発OK。」
「…だろうな、おまえらなら。」
何気ない詩生と烈の会話に、頭がクラクラしてしまった。
「じゃあな、俺ら今から打ち合せあっから。」
「あ、じゃ俺らも。」
「うん。お疲れさま。」
手をあげて出て行く詩生の気配を感じながら、あたしはしばらくボンヤリしていた。
仲悪いクセに。
どうして、こんな時は仲良しそうに話せるのよ。
「華月?」
「…え?」
「何、ボンヤリして。」
「あー…ううん、ちよっと寒くなっちゃった。上、何か着てくる。」
「おまえ、風邪ひいたんじゃないのか?おとといぐらいから、顔色悪かったよな。」
「平気。ちょっと控え室に行ってくる。」
「ああ。」
廊下に出て、大きく溜息をつきながら歩いてると。
「ねえ。」
詩生といた女の人たちに呼び止められた。
「…はい?」
「あなた、詩生の何?」
「え?」
「隠さない方が、身のためよ。」
ダン。
壁に押し付けられる。
「…何のことですか?」
「さっきの雰囲気、ただごとじゃなかったわよね。詩生ったら、あなたの顔見るなりピリピリしちゃって。」
「ただの幼馴染です。」
「あら、詩生はあなたのこと、知らないって言ってたけど。」
「……」
押さえつけられた、手首が痛い。
「離してください。」
「詩生の前に、顔出さないでよね。」
「あたしは、何も…」
「ちょっと可愛いからって、いい気にならないでよ!!」
頬に、一発。
「いいわね?会わないのよ?」
「離して!!」
「言いなさいよ!!」
「…やっ!!」
「あっ!!…」
「!!」
ふっ…と、足元が不安定になった。
まるで、おもりを持ったあたしが、切れた糸から落ちて行くように。
「…っ…た…」
足だか、腰だか、背中だか…どこが痛いのか、わからない。
しばらくは、誰も気付いてくれなくて。
遠くなる意識の中で…あたしの名前を呼んでくれたのは。
詩生じゃなかった…。
* * *
「…き、
心地いい声に呼ばれて、そっと目を開ける。
「…華月…ああ…良かった…」
目の前には、母さんの心配そうな顔。
「…母さん…あたし…」
「階段の下で倒れてたって。何してたの?」
真っ白い天井…ここは、病院?
「高原さんが見つけてくれたのよ。」
「…体、重い…」
「あちこち打ってるから。それに、ギプスもしてるのよ。」
「…ギプス?どこか、折れてるの?」
「…足がね。」
「…足?」
足!?
「ああ、大丈夫よ。わっちゃんも一ヶ月ぐらいしたらくっつくって言ってたし。」
「わっちゃんのいる病院?」
「そう。」
『わっちゃん』とは、母さんのバンドのドラマー
優秀な医者で、人気者。
だけど、なぜか34歳になった今も独身。
あたしは、小さな頃から可愛がってもらっている。
いくら昔馴染みだからと言って、15も違う人に『わっちゃん』もないけど。
わっちゃんが、そう呼んでくれって言ったから。
もう、かなり昔からこの呼び方。
「ね。」
母さんは、花瓶に花を飾りながら。
「疲れてたんでしょ?いい機会だと思って、ゆっくり休みなさい。」
って優しく言ってくれた。
「…うん…」
大おばあちゃまとの約束…遅くなっちゃうな…
だけど…なんだか、妙に眠い。
母さんの言う通り、今はしっかり休もう。
そして、すぐに元気になって…
* * *
「よ。」
入院して一週間。
突然、
「烈…サイパンに行ったんじゃなかったっけ。」
「明後日から。それよか、どうだ?」
「うん…まだ、少し…」
起き上がろうとすると。
「ああ、いいから寝てろよ。」
烈は、あたしをゆっくり倒した。
「おまえ…あの時、何があったんだ?」
「…え?」
「階段から落ちただけにしては打撲がひどかないかって…俺は不審に思ってんだけど。」
「ああ…よく分かんない。覚えてないの。」
「……」
あたしの、顔色をジッ…と見て。
きっと、嘘だとわかったと思うんだけど…
「そっか。マヌケな奴。」
烈は、あえて笑ってくれた。
「いいなあ、サイパン。二週間も泳ぎっぱなし?そのあとオーストラリアでしょ?羨ましいなー。」
「撮られっぱなしだよ。」
本当ならあたしも…グアムで撮影だったんだけどな…
すでに代役が立ってる。
モデルなんて…掃いて捨てるほどいるものね…
いつかあたし自身をブランドに…なんて。
…あたし、甘過ぎる。
もっと…もっと頑張らなきゃ。
「ま、休暇をもらったと思ってゆーっくり休むことだな。」
烈はピンクのバラを窓辺に置くと。
「花瓶、空いたのあるか?」
って、あたしの顔をのぞきこんだ。
「あ、いいよ。もうすぐ母さん来るから。」
「毎日大変だな。」
「来なくていいって言うんだけど…こんなに一緒にいられることもないから、ちょっぴり嬉しいなんて言うのよ。」
「なるほど。おまえ、ここ数ヶ月はハードだったからな。」
「だから…あたしも、ちょっぴり母さんに甘えちゃおっかなって。」
あたしのつぶやきを。
烈は…なんだか、今までになく優しい目で見てる。
「…烈?」
ふいに、烈があたしの前髪を…
「俺さ…」
烈が口を開きかけた瞬間。
「華月。」
「!」
突然、何の前触れもなく父さんが入ってきたもんだから。
烈は、大慌て。
「あっ、あ…お…お邪魔してます。」
あたしは、こんな烈が初めてで。
「あはははは…たっ…いたたた…」
盛大に笑ったのはいいけれど…体中に激痛が走った。
「バカ、何してんだ。」
父さんが、あたしの額を優しく触って。
「ん、熱はないな。」
って。
…気のせいかな。
父さん、妙に優しい。
「で?おまえが『烈』か。今、華月に何してた。」
父さんが怖い声で烈に言って。
「えっ…」
烈が、絶句してる。
「何って、話してただけよ。それより母さんは?一緒に来たんじゃないの?」
「あー…何か忘れたって帰ったぜ。」
「母さんらしいや。」
あたしは小さく笑ってみせる。
穏やかな午後。
優しい…ぬくもり。
なんだか、このひとときがとてつもなく幸せに思えて。
あたしは…目を閉じた…。
* * *
「どこか痛い所は?」
わっちゃんが、優しい声で言った。
「全身。」
あたしが眉間にしわをよせて言うと。
「若いのに治りが悪いなあ。」
わっちゃんは、笑った。
「ねえ、足はどうなの?なんだか痺れてるみたいな感覚なんだけど。」
あたしがギプスの上から触りながら言うと。
「これ、わかるか?」
ふいに、真剣な声。
「?」
あたしは、首を傾げる。
「何かしてる?」
「足の指をくすぐってる。」
「痺れてるような感じ。」
「…そっか。」
わっちゃんはカルテに何か書き込んで。
「打撲がひどかったからな。しばらくはこのまま変わらないかもしれない。」
ってカルテを見たまま言った。
そして。
「午後から検査があるから。」
って、あたしの頭をポンポンって叩いた。
「それって、痛い?」
「痛くないさ、あっと言う間。」
「いつ頃から歩ける?」
「まだ、こんな状態じゃ検討もつかないな。」
「……」
「そんな顔すんな。若いんだから、良くなるよ。」
あたしの拗ねた顔を見て、わっちゃんは鼻をギュッとした。
隣にいた看護婦さんが、小さく笑う。
「じゃ、午後から検査だから今のうちに昼寝しとけ。」
「さっき起きたばっかりよ?」
「おまえ、一日中寝てるって
もうっ!母さんたら!
わっちゃんが病室から出て行って。
あたしは、布団を口元まで引っ張る。
あーあ…
わっちゃんに検討もつかないなんて言われたら、何だか気が重いなあ…
そっと、目を伏せて。
さっき起きたばかりだと言うのに。
あたしは、わっちゃんの言うとおり、昼寝をしてしまった…。
* * *
「よっ…と。」
車椅子。
やっと、一人でベッドから乗り移れるようになって。
あたしは、入院して十日目で。
初めて一人で病室を出ることができた。
検査に行く時のために持ってきてある車椅子。
だって、毎日毎日部屋の中。
耐えられるわけがない。
それで、あたしは、車椅子に乗る練習をしていたのよ。
うーん…快適。
今日は母さんも父さんも来てたんだけど、二人そろって行方不明になってしまった。
というわけで、あたしは書置きをして病室を出る。
右足は膝から下がギプス。
左足は腿から下を固定してるもんだから、車椅子には板を乗せて垂直にしてる。
ギプスが重いのか、あたしの脚力が落ちたのか。
あたしの足は、自分で抱えないといけないほどになってる。
これじゃ、腕力ばかりがついちゃうなあ。
「…あ。」
父さん発見。
あたしは、そっと車椅子を操作する。
母さんも一緒だ。
見つかったら怒られちゃうかなー…
なんて思いながら、あたしは二人に近付く。
「…のよ…」
何話してるんだろ。
あたしは、自動販売機の陰に隠れる。
おおっ。
突然、父さんが母さんを抱きしめた。
こんな、病院で…色気ないけど。
そういえば、母さん言ってたもんなあ。
父さんは、人前でイチャつくのが好きだって。
…何だか、絵になる二人。
声かけちゃ、まずいかな。
「…泣くな…」
「……」
…あれ?
母さん、泣いてる?
なんとなく、重苦しい雰囲気であることに気付いたあたしは。
息をひそめて二人を見つめる。
「華月は…大丈夫だ。」
「でも…あの子、歩けないって知ったら…」
「…俺が、言うから。」
……
え?
歩けない…?
「あの子、モデルなのよ?歩けなきゃ…」
泣きすがる母さんを、父さんはきつく抱きしめて。
「…大丈夫だ…」
って…
まるで、自分に言い聞かせてるみたいに…
…歩けない?
あたし、歩けないの…?
頭の中がひんやりしてきて、あたしはここにいちゃいけない…って。
急いで病室に戻った。
書置きを捨てて、何もなかったかのように…ベッドに横になる。
…頭が、ガンガンしてきた。
待って…
あたしが、歩けないの?
あたしは、ドキドキしながら、ギプスを巻いてない右足の膝上を触ってみる。
……
触ってる…?
わかんない。
今度は、つねってみる。
……
「嘘…」
打撲がひどいから、しばらくは痺れたような感覚かもしれないけど、そのうち戻ってくるから。
確か…わっちゃんは、そう…
最初は、しびれたような…感じだった。
でも…全然、感覚がない。
これって…
ドラマなんかで見たことがある。
でも、そういうのって、ドラマでしかないと思ってた…
「…華月。」
ふいに、父さんが入ってきて。
あたしは、慌ててベッドにもぐりこむ。
「華月?」
「……」
「…寝てるのか…」
父さんは、あたしの髪の毛にそっと触ると、息を飲んで…病室を出て行った。
頭の中がヒンヤリしてる。
あたしは何も考えられないまま、呆然と横たわるしかなかった…。
* * *
「…
真夜中の静まり返ったロビーで。
あたしは、詩生に電話をかける。
とは言っても…留守番電話。
いるのかもしれないけど…出てはくれない。
「あたし…
都合がいい事は分かってる。
詩生に対して、素直な気持ちも伝えなかったクセに…
こんな時だけ頼るなんて。
だけど…押し潰されそうで…怖い。
「詩生…」
まばたきが、できない。
瞳いっぱいに…涙が溜まってて…
それをこぼしたら、何もかも壊れそうな気がした。
だけど…
「…会いたい…会いたいよ…詩生…」
今更な素直な気持ちを口にした途端…涙が、ポロポロこぼれはじめて。
あたしは、声にならない声で、詩生に伝える。
「…助けて…」
だけど、電話の向こうから。
詩生の声は聞こえなかった…。
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