第4話 朝霧鈴亜 18歳 刺激よりも安らぎ
「あ、
校門の前、
「おかえり。」
ヘルメットを手渡されて、あたしは
それで、残業すればいいからって、夕方あたしのために時間を空けてくれたりする。
優しいなあ。
「ちょっと寄るとこあんだけど、いいか?」
ふいに、
「うん。」
バイクが走り始めて、あたしは
後ろからは、
バイクは、表通りの一角で止まった。
…やだな。
まこちゃんのいる事務所の近くだ。
でも、まさか会ったりしないよね。
「来るか?」
バイクのお店か…
「ううん、待ってる。」
あたしは、バイクに寄り掛かったまま、笑う。
乗せてもらうのは楽しいけど、バイク自体には興味ないし。
「じゃ、待ってな。」
「あたしも、ここにいるねー。」
ヘルメット持ったまま、立ってると。
「……」
まさか、と思ってたまこちゃんが…
「あ…」
あたしの手から、ヘルメットが落ちる。
「
ど…どうしよう。
あたし、動けない。
いつから…
いつから見てたの?
これ…こんな状況…言い訳出来ないよ。
…言い訳…言い訳って、あたし…
「……」
まこちゃんは、じっ…とあたしを見てたけど。
突然、ふいっと知らん顔して歩き始めた。
「…嘘。」
それが、すごく頭にきて。
「
あたしは、まこちゃんのあとを追った。
「まこちゃん。」
まこちゃんに追いついて声をかけると。
「……」
まこちゃんは、冷めた目で、あたしを見た。
…こんな目…初めて…
「何。」
「あ…あ、何って…どうして声掛けてくれないの?」
「……」
「すぐそこにいたなら、声掛けてくれてもいいのに…」
あたしの言葉に、まこちゃんは小さく笑って。
「…そうだな。」
って、一言。
つい…カッとなってしまった。
嫌みっぽい!
「あたし…あたし、別に悪いことなんかしてないからね。」
「誰がそんなこと聞いた?」
「まこちゃんの目が、そう言ってるわよ。」
「…これが、
「悪い?」
「……」
あたしの中には、色んな感情が渦巻いてた。
あたし、もうまこちゃんとは別れるって言おう。
だって、一緒にいてもつまんないって思ったし。
邑さんは…刺激的だし、優しいし…人気者だし。
…そう。
あたし、邑さんのこと…
…好き…?
あたし…好きなの…?
あたしが無言のまま立ち竦んでる間、まこちゃんも伏し目がちに何か考え込んでる風で。
だけどやがて…
「…もう、終わりにしよう。」
って…あたしの顔を見ずに言った。
「……え?」
「お互い、その方がいいだろ。じゃあ。」
「ち…ちょっと待って!」
あたしは、まこちゃんの腕をつかむ。
「終わりって…」
「…そういうことだよ。
「だ、誰もそんなこと!」
今、分かれるって言おう…なんて考えてたクセに。
まこちゃんから告げられたその言葉は、簡単にあたしの頭の中を遠くから引き戻した。
あたしは…
あたしが好きなのは、まこちゃんだ。
ちゃんと誤解を解いて、言い訳もして、許してもらわなくちゃ…
「俺と結婚することは、青春を終わらせることなんだろ?」
「…あ…」
言い訳しようと思った自分を笑いたくなった。
あたしが本気で謝れば、まこちゃんは許してくれるって…
だけど…自分の言った言葉が。
こんなにまこちゃんを傷付けてたなんて…
「…友達が待ってるぞ。」
途方に暮れてるあたしの頭をクシャクシャっとして。
まこちゃんは、歩いて行ってしまった。
「
遠慮がちに声をかけてきた
でも…あたしには、もう
* * *
「なーに、ため息ついてんのー?」
ダリアで声をかけられて。
顔をあげると…
「
幼馴染の、
お兄ちゃんのバンドでベースを弾いてて…まこちゃんと同じ歳。
今年の六月、結婚した。
「花の女子高生が、一人で何してんの。」
「
「あたし?あたしは打ち上げ。」
「…打ち上げ?」
「うん。録り終わったから。あ、
まずい。
じゃ、まこちゃんも来るんだ。
慌てて席を立ちかけると。
「まあまあ、座りなって。」
「でっでもああああたし…その、用が…」
「まこちゃんに会いたくない?」
「えっ……?」
「まこちゃん、ものすっごく落ち込んでるわよ。」
って…
「…まこちゃんに聞いたの?」
「もう、さんざん酔わせて聞き出したの。大変だったのよぉ?まこちゃん、結構強いんだもん。」
「……」
「うちのバンドの中で一番冷静な人間だからね。あんまりイライラされたりどんぞこまで落ち込まれちゃマズイわけよ。」
…あたしは、何も言えなくて…俯く。
「まこちゃんのこと、嫌いになった?」
「そんな!」
思わず大きな声を出してしまって。
顔をあげると、
「あたし、自分でもわかんない。どうして、あんな…まこちゃんじゃない人と遊んで楽しいって…」
「それは、普通じゃない?」
「…え?」
「あたしだって、
「…でも…」
「まこちゃんがショックだったのはね。」
「…うん…」
「自分との結婚が青春の終わりって言われたこと。」
「……」
「他の男の子と遊んだりするのだって、正直に言えばまこちゃんは許してくれるわよ。大きな心の持ち主だからねー。」
黙ったまま、
「それに、
あたしは唇をかみしめてうつむく。
自分で…自分がわかんない。
あんなにまこちゃん一色だったのに、突然のように他の男の子たちと遊んでみたり…
まこちゃんに嘘ついてまで…
「意外だったなぁ、
「あたしだって…驚いてる。」
小さく答える。
「ずっとまこちゃんのお嫁さんになりたいって…思ってたのに…あたし、どうかしてた…」
「ちなみにさ。」
「?」
「
「……不満?」
突然の問いかけに、あたしは目を丸くして
「…不満…」
頭の中で、今までを振り返る。
「…まだ一緒にいたいって言うのに、五時には帰らされたり…」
「五時!?そりゃ、早すぎるわね。」
「でしょ?それと…」
「それと?」
「……」
泣きたくなってしまった。
あたし、本当に想われてたのかな。
「あたしは、みんなにまこちゃんとつきあってるって…言いたかったのに…」
思わず、涙ぐむ。
「まこちゃんは、秘密にしたがった?」
「お兄ちゃんにも父さんにも…まこちゃん、本当にあたしのこと好きだったのかな…」
「好きに決ってるじゃない。好きじゃなければ結婚なんか考えないでしょ?」
「あたし、いつも不安だった。不満じゃなくて…不安だったの…」
「……」
「なんか、一緒にいても遠くて…あたしだけが、一人でうかれてるような気がして…」
「寂しかったんだね。」
「……」
「寂しかったから、他の男の子と遊んで埋めてたんだね。」
理由が分かって、少しだけ…気持ちが楽になった。
そうか…
あたしは、寂しかったんだ。
でも、それがまこちゃんを傷付けていいって理由にはならない。
あたし…本当にバカだった…
「でも、もうだめだよね…」
「ん?」
「まこちゃんのこと、傷付けちゃった…」
「あんただって、傷付いてんでしょ?」
「あたしの傷なんて…」
ハッとして体勢を低くする。
入口のドアが開いて、お兄ちゃんとまこちゃんが入って来たのよ。
「…話す?」
あたしは、ぶんぶんと首を横に振る。
「無理だよ…帰る…」
「もうっ。このままでいいの?」
「だって…」
「まこちゃん、モテるよ?」
「……」
上目使いで、
「うちのバンドで一人身はまこちゃんだけだからね。事務所でも、結構目つけられてんだから。」
「……」
でも、あたしには何も言えない。
もう、あたしたちに復活はのぞめないよ…
あたしがうつむいたまま、くよくよしてると。
「
ふいに、大好きな声。
「…まこちゃん…」
顔をあげると、まこちゃんがあたしの前に立ってる。
「じゃ、あたしはこれで。」
そして、
「素直になんのよ?」
あたしに、指差して…そう言った。
「…あの時は、ごめん。」
まこちゃんが、沈んだ声で言った。
「…え?」
「頭の中パニックで…きつい言い方しかできなくて。」
「……」
まこちゃんでも、パニックになるなんてことがあるんだ。
「あれから、いろいろ考えた。」
「…何を?」
「
「……」
髪の毛を、かきあげる。
あたしの、大好きな仕草…
「あの時一緒にいた男が好きなら…それは…それで仕方ないんだけど…」
そんなこと、言わないで。
あたしは、まこちゃんしか…
でも、あたしが言ったって…そんな言葉も嘘に聞こえてしまうよね…
「いや…そうじゃなくて…」
「?」
まこちゃん、今までになく、うろたえてる。
何?
「その……まあ、
「……」
「でも、俺は納得いかない。」
「…まこちゃん…」
「確かに、俺はバイク乗らないし…ハデな格好も似合わない。でも、
夢のような言葉が、聞こえてきた。
今、まこちゃんは…あたしのこと…
「
「…本当?」
「本当。」
「じゃ…どうして、あんなに早く帰ってたの…」
「
「……」
意味がわかんなくてキョトンとしてると。
「
「……父さんに?」
初耳。
「そしたら、門限を言い渡されて。」
「……」
父さんたら!
「でも、結婚したらずっと一緒だしって。そう思ったら、大して苦にはならなかったんだ。」
「…あたしには、苦痛だったわよ…」
「……」
「まこちゃん、本当にあたしのこと好きなのかなって…いつも不安で…」
「…ごめん…」
「でも、あたしはまこちゃんが大好きで…なのに、あんな…他の人と遊んだりして…」
「…それは、もういいから。」
「あたし…」
「ん?」
「こんなあたしでも…いいかな…」
「……」
「遅くない?あの時のプロポーズ…受けても…」
「
「まこちゃんとなら、一生青春だなって…気付いた…」
あたしは、まこちゃんの目をまっすぐに見つめる。
この気持ちに嘘はない…って、気持ちを込めて。
「幸せに、するよ。」
まこちゃんが、そっと…あたしの手を取って言ってくれた。
胸がいっぱいになって、言葉を探してると。
「まーた、身内が増えた。」
ふいに、頭上から声が…
まこちゃんと二人して顔をあげると、SHE'S-HE'Sのみなさん。
「これで
「こうなりゃ、とことん身内で固めるとするか。」
「今度は子供同士を結婚させたりして…」
「早いうちに許嫁とか決めたりしとく?」
……
まこちゃんと、顔を見合わせてしまった。
あたしが首をすくめて笑ってると。
「よかったな。」
お兄ちゃんが、あたしの頭をくしゃくしゃにして…そう言ったのよ…。
16th 完
いつか出逢ったあなた 16th ヒカリ @gogohikari
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