第4話 朝霧鈴亜 18歳 刺激よりも安らぎ

「あ、むらさんだ。」


 佐和さわが弾んだ声で言った。


 校門の前、むらさんと佐和さわの彼氏がバイクに寄り掛かって立ってる。


「おかえり。」


 ヘルメットを手渡されて、あたしはむらさんの後ろに座る。


 むらさんの家は自営で、むらさんはお父さんと一緒に仕事をしてるらしい。

 それで、残業すればいいからって、夕方あたしのために時間を空けてくれたりする。

 優しいなあ。


「ちょっと寄るとこあんだけど、いいか?」


 ふいに、むらさんが言った。


「うん。」


 バイクが走り始めて、あたしはむらさんにしがみつく。

 後ろからは、佐和さわたち。

 バイクは、表通りの一角で止まった。


 …やだな。

 まこちゃんのいる事務所の近くだ。

 でも、まさか会ったりしないよね。



「来るか?」


 むらさんがヘルメットぬぎながら指さした。

 バイクのお店か…


「ううん、待ってる。」


 あたしは、バイクに寄り掛かったまま、笑う。

 乗せてもらうのは楽しいけど、バイク自体には興味ないし。


「じゃ、待ってな。」


「あたしも、ここにいるねー。」


 佐和さわが、あたしの横で言った。

 ヘルメット持ったまま、立ってると。


「……」


 まさか、と思ってたまこちゃんが…


「あ…」


 あたしの手から、ヘルメットが落ちる。


鈴亜りあ?」


 佐和さわが、首を傾げてヘルメットを拾う。


 ど…どうしよう。

 あたし、動けない。


 いつから…

 いつから見てたの?


 これ…こんな状況…言い訳出来ないよ。

 …言い訳…言い訳って、あたし…


「……」


 まこちゃんは、じっ…とあたしを見てたけど。

 突然、ふいっと知らん顔して歩き始めた。


「…嘘。」


 それが、すごく頭にきて。


鈴亜りあ、どこ行くの?」


 あたしは、まこちゃんのあとを追った。



「まこちゃん。」


 まこちゃんに追いついて声をかけると。


「……」


 まこちゃんは、冷めた目で、あたしを見た。


 …こんな目…初めて…


「何。」


「あ…あ、何って…どうして声掛けてくれないの?」


「……」


「すぐそこにいたなら、声掛けてくれてもいいのに…」


 あたしの言葉に、まこちゃんは小さく笑って。


「…そうだな。」


 って、一言。

 つい…カッとなってしまった。


 嫌みっぽい!



「あたし…あたし、別に悪いことなんかしてないからね。」


「誰がそんなこと聞いた?」


「まこちゃんの目が、そう言ってるわよ。」


「…これが、鈴亜りあの言う、青春?」


「悪い?」


「……」


 あたしの中には、色んな感情が渦巻いてた。


 あたし、もうまこちゃんとは別れるって言おう。

 だって、一緒にいてもつまんないって思ったし。

 邑さんは…刺激的だし、優しいし…人気者だし。

 …そう。

 あたし、邑さんのこと…


 …好き…?


 あたし…好きなの…?



 あたしが無言のまま立ち竦んでる間、まこちゃんも伏し目がちに何か考え込んでる風で。

 だけどやがて…


「…もう、終わりにしよう。」


 って…あたしの顔を見ずに言った。


「……え?」


「お互い、その方がいいだろ。じゃあ。」


「ち…ちょっと待って!」


 あたしは、まこちゃんの腕をつかむ。


「終わりって…」


「…そういうことだよ。鈴亜りあは、俺とじゃだめなんだろ?」


「だ、誰もそんなこと!」


 今、分かれるって言おう…なんて考えてたクセに。

 まこちゃんから告げられたその言葉は、簡単にあたしの頭の中を遠くから引き戻した。


 あたしは…

 あたしが好きなのは、まこちゃんだ。


 ちゃんと誤解を解いて、言い訳もして、許してもらわなくちゃ…



「俺と結婚することは、青春を終わらせることなんだろ?」


「…あ…」


 言い訳しようと思った自分を笑いたくなった。

 あたしが本気で謝れば、まこちゃんは許してくれるって…


 だけど…自分の言った言葉が。

 こんなにまこちゃんを傷付けてたなんて…



「…友達が待ってるぞ。」


 途方に暮れてるあたしの頭をクシャクシャっとして。

 まこちゃんは、歩いて行ってしまった。


鈴亜りあ…」


 遠慮がちに声をかけてきた佐和さわに支えてもらって、バイクに戻る。

 でも…あたしには、もうむらさんが映ってなかった…。





 * * *




「なーに、ため息ついてんのー?」


 ダリアで声をかけられて。

 顔をあげると…


聖子せいこちゃん…」


 幼馴染の、聖子せいこちゃん。

 お兄ちゃんのバンドでベースを弾いてて…まこちゃんと同じ歳。

 今年の六月、結婚した。



「花の女子高生が、一人で何してんの。」


聖子せいこちゃんは?」


「あたし?あたしは打ち上げ。」


「…打ち上げ?」


「うん。録り終わったから。あ、光史こうしも来るよ?」


 まずい。

 じゃ、まこちゃんも来るんだ。

 慌てて席を立ちかけると。


「まあまあ、座りなって。」


 聖子せいこちゃんが、あたしの肩をおさえた。


「でっでもああああたし…その、用が…」


「まこちゃんに会いたくない?」


「えっ……?」


 聖子せいこちゃんは、あたしの向いに座ると声をひそめて。


「まこちゃん、ものすっごく落ち込んでるわよ。」


 って…


「…まこちゃんに聞いたの?」


「もう、さんざん酔わせて聞き出したの。大変だったのよぉ?まこちゃん、結構強いんだもん。」


「……」


「うちのバンドの中で一番冷静な人間だからね。あんまりイライラされたりどんぞこまで落ち込まれちゃマズイわけよ。」


 聖子せいこちゃんは、そう言いながらあたしの鼻をつんと押した。


 …あたしは、何も言えなくて…俯く。



「まこちゃんのこと、嫌いになった?」


「そんな!」


 思わず大きな声を出してしまって。

 顔をあげると、聖子せいこちゃんは笑顔。


「あたし、自分でもわかんない。どうして、あんな…まこちゃんじゃない人と遊んで楽しいって…」


「それは、普通じゃない?」


「…え?」


「あたしだって、京介きょうすけじゃない男と一緒にいて楽しいって思うことあるわよ?」


「…でも…」


「まこちゃんがショックだったのはね。」


「…うん…」


「自分との結婚が青春の終わりって言われたこと。」


「……」


「他の男の子と遊んだりするのだって、正直に言えばまこちゃんは許してくれるわよ。大きな心の持ち主だからねー。」


 黙ったまま、聖子せいこちゃんを見つめる。


「それに、鈴亜りあのこと、一番に想ってる人よ?鈴亜りあが楽しければ、それがいいって思うに決まってるじゃない。だから、終わりにしようって…本当は別れたくないクセにさ。」


 あたしは唇をかみしめてうつむく。

 自分で…自分がわかんない。

 あんなにまこちゃん一色だったのに、突然のように他の男の子たちと遊んでみたり…

 まこちゃんに嘘ついてまで…



「意外だったなぁ、鈴亜りあが結婚断わるなんて。」


 聖子せいこちゃんの言葉に、あたしはうつむいたまま。


「あたしだって…驚いてる。」


 小さく答える。


「ずっとまこちゃんのお嫁さんになりたいって…思ってたのに…あたし、どうかしてた…」


「ちなみにさ。」


「?」


鈴亜りあ、まこちゃんに対して不満ある?」


「……不満?」


 突然の問いかけに、あたしは目を丸くして聖子せいこちゃんを見る。


「…不満…」


 頭の中で、今までを振り返る。


「…まだ一緒にいたいって言うのに、五時には帰らされたり…」


「五時!?そりゃ、早すぎるわね。」


「でしょ?それと…」


「それと?」


「……」


 泣きたくなってしまった。


 あたし、本当に想われてたのかな。



「あたしは、みんなにまこちゃんとつきあってるって…言いたかったのに…」


 思わず、涙ぐむ。


「まこちゃんは、秘密にしたがった?」


 聖子せいこちゃんの問いかけに、頷く。


「お兄ちゃんにも父さんにも…まこちゃん、本当にあたしのこと好きだったのかな…」


「好きに決ってるじゃない。好きじゃなければ結婚なんか考えないでしょ?」


「あたし、いつも不安だった。不満じゃなくて…不安だったの…」


「……」


「なんか、一緒にいても遠くて…あたしだけが、一人でうかれてるような気がして…」


「寂しかったんだね。」


「……」


「寂しかったから、他の男の子と遊んで埋めてたんだね。」


 理由が分かって、少しだけ…気持ちが楽になった。

 そうか…

 あたしは、寂しかったんだ。


 でも、それがまこちゃんを傷付けていいって理由にはならない。

 あたし…本当にバカだった…



「でも、もうだめだよね…」


「ん?」


「まこちゃんのこと、傷付けちゃった…」


「あんただって、傷付いてんでしょ?」


「あたしの傷なんて…」



 ハッとして体勢を低くする。

 入口のドアが開いて、お兄ちゃんとまこちゃんが入って来たのよ。



「…話す?」


 聖子せいこちゃんが小声で言ってくれたけど。

 あたしは、ぶんぶんと首を横に振る。


「無理だよ…帰る…」


「もうっ。このままでいいの?」


「だって…」


「まこちゃん、モテるよ?」


「……」


 上目使いで、聖子せいこちゃんを見る。


「うちのバンドで一人身はまこちゃんだけだからね。事務所でも、結構目つけられてんだから。」


「……」


 でも、あたしには何も言えない。

 もう、あたしたちに復活はのぞめないよ…



 あたしがうつむいたまま、くよくよしてると。


鈴亜りあ。」


 ふいに、大好きな声。


「…まこちゃん…」


 顔をあげると、まこちゃんがあたしの前に立ってる。


「じゃ、あたしはこれで。」


 聖子せいこちゃんが席をまこちゃんに譲る。

 そして、聖子せいこちゃんはまこちゃんの耳元で何かをつぶやいて。


「素直になんのよ?」


 あたしに、指差して…そう言った。



「…あの時は、ごめん。」


 まこちゃんが、沈んだ声で言った。


「…え?」


「頭の中パニックで…きつい言い方しかできなくて。」


「……」


 まこちゃんでも、パニックになるなんてことがあるんだ。


「あれから、いろいろ考えた。」


「…何を?」


鈴亜りあが、一番幸せになれる方法。」


「……」


 髪の毛を、かきあげる。

 あたしの、大好きな仕草…



「あの時一緒にいた男が好きなら…それは…それで仕方ないんだけど…」


 そんなこと、言わないで。

 あたしは、まこちゃんしか…

 でも、あたしが言ったって…そんな言葉も嘘に聞こえてしまうよね…



「いや…そうじゃなくて…」


「?」


 まこちゃん、今までになく、うろたえてる。

 何?


「その……まあ、鈴亜りあがあいつが好きなら…仕方ないけど……でも。」


「……」


「でも、俺は納得いかない。」


「…まこちゃん…」


「確かに、俺はバイク乗らないし…ハデな格好も似合わない。でも、鈴亜りあのことは、誰よりも大切なんだ。」


 夢のような言葉が、聞こえてきた。

 今、まこちゃんは…あたしのこと…


鈴亜りあは、デートが短いって拗ねてたけど…俺だって、本当はもっとずっと一緒にいたかったし…」


「…本当?」


「本当。」


「じゃ…どうして、あんなに早く帰ってたの…」


鈴亜りあは、みんなに愛されてるから。」


「……」


 意味がわかんなくてキョトンとしてると。


鈴亜りあには黙ってたけど…朝霧あさぎりさんにつきあってる事、言ったんだ。」


「……父さんに?」


 初耳。


「そしたら、門限を言い渡されて。」


「……」


 父さんたら!


「でも、結婚したらずっと一緒だしって。そう思ったら、大して苦にはならなかったんだ。」


「…あたしには、苦痛だったわよ…」


「……」


「まこちゃん、本当にあたしのこと好きなのかなって…いつも不安で…」


「…ごめん…」


「でも、あたしはまこちゃんが大好きで…なのに、あんな…他の人と遊んだりして…」


「…それは、もういいから。」


「あたし…」


「ん?」


「こんなあたしでも…いいかな…」


「……」


「遅くない?あの時のプロポーズ…受けても…」


鈴亜りあ…」


「まこちゃんとなら、一生青春だなって…気付いた…」


 あたしは、まこちゃんの目をまっすぐに見つめる。

 この気持ちに嘘はない…って、気持ちを込めて。



「幸せに、するよ。」


 まこちゃんが、そっと…あたしの手を取って言ってくれた。

 胸がいっぱいになって、言葉を探してると。


「まーた、身内が増えた。」


 ふいに、頭上から声が…

 まこちゃんと二人して顔をあげると、SHE'S-HE'Sのみなさん。


「これで光史こうしとまこは義理の兄弟だもんな。ますます身内バンドだよ。」


「こうなりゃ、とことん身内で固めるとするか。」


「今度は子供同士を結婚させたりして…」


「早いうちに許嫁とか決めたりしとく?」


 ……


 まこちゃんと、顔を見合わせてしまった。

 あたしが首をすくめて笑ってると。


「よかったな。」


 お兄ちゃんが、あたしの頭をくしゃくしゃにして…そう言ったのよ…。




 16th 完

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いつか出逢ったあなた 16th ヒカリ @gogohikari

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