第2話 朝霧鈴亜 18歳 彼氏は好きだけど…

「お願い!」


 佐和さわが、両手を合わせた。


「どーしても、あと一人足りないの!」


「……」


 あたしは腕組をして佐和さわを見つめる。


「だから、あたしは行かないって何度も…」


「でも、人数そろわないとマズイじゃない。お願い、座ってるだけでいいから。」


「……」


 今日は、大学生との合コンとかで。

 佐和さわがかき集めた五人のうち、一人が病気で休んでしまったって大騒ぎしてる。


「…本当に座ってるだけでいいのね?」


「いい!」


「……」


 佐和さわのすがるような目を見ると、強く言えないなあ…

 それに、昨日の今日で、あたしはとっても機嫌がいい。

 まこちゃん、あたしの誕生日…何をプレゼントしてくれるんだろう。



「…わかった。」


 機嫌の良さも手伝って、あたしが小さくつぶやくと。


「本当!?」


 佐和さわは、あたしの手を取って。


「ありがと〜!」


 大げさに喜んでみせた。


「さすが親友ね!」


「…よく言うわよ、こんな時だけ。」


 目を細めて嫌味を言ってみたけれど。


「一緒に青春を謳歌しようね!」


 …佐和さわは、あたしの言葉を全然聞いてなかったみたい…。




 * * *




「どんな音楽が好き?」


「誕生日いつ?」


「俺、ベンツに乗ってんだ。」


「スポーツしてる?」


「芸能人みたいだね。」


 なんと。

 合コン。

 来てみると、男の人は、全員あたしを囲んでしまった。

 なぜか、他の女の子たちはさっさと帰ってしまって。

 佐和さわが唇を尖らせて、あたしに手招きする。



「あの…ちょっと…」


 男の人の輪から抜けでると。


「ねえ、帰ろうよ。」


 佐和さわが、小さな声で言った。


「…言っとくけど、あたしが悪いんじゃないからね?」


「わかってるわよ。誰もそんなこと言ってなてわよ。」


「……」


「悪いのは、あの男たち。だいたい、ルールってものがわかってないわよ。」


「…ルール?」


 あたしが問いかけると、佐和さわは唇を尖らせたまま。


「最初から一人に群がるってのは、ルール違反。」


 ぶっきらぼうにそう答えた。


「……」


 そっか。

 合コンにも色々あるんだ。

 でも…あたしは言われた通り、本当に座ってただけだし…


 何だか、やだな…

 佐和さわがこの日に情熱を注いでたのは知ってる。

 たぶん、あたしがまこちゃんのために綺麗になりたいって、お風呂上りにするような自分磨きを…

 参加してた女の子たちも、きっと…してたよね。


 そう思うと、自分が悪いわけじゃなくても…しゅんとしてしまった。

 そんなあたしを見た佐和さわは。


「あー…ごめん。鈴亜りあが悪いんじゃないから、ほんと。」


 そう言いながら髪の毛をかきあげると。


「せっかくだからさ、Dに行こうよ。」


 って、あたしを誘った。


「…あの人たちは?」


「囲まれてたい?」


「そ…そうじゃないけど…」


「じゃ、いいじゃない。行こうよ。」


「う…うん…」


 …本当は。

 結構気持ちよかったりした。

 そんなの、口が裂けても言えないけど。


 こんなにチヤホヤされたのは初めて。

 もしかして、あたしって…モテるの?


 なんだか新しい自分が見えてきたようで。

 あたしは、あんなにも拒み続けてた「D」に。

 意気揚々と出向いてしまったのよ…。




 * * *





「きみ、初めて?」


 うっわ…


 佐和さわが踊りに行ってしまって。

 一人カウンターに残されたあたしの周りに。

 男の人が一人二人…


 どうしよう。

 まんざらでもないけど…

 こんな世界、初めてで…



「踊らない?」


「あ…あたし…踊ったことなくて…」


 少しだけ、はにかんで答えると。


「大丈夫。リードしてあげるから。」


 まこちゃんと同じ歳くらいかな…

 遊んでるって感じの男の人が、あたしの手を取った。



「きみ、名前は?」


「り…鈴亜りあ。」


鈴亜りあ?変わった名前だな。俺はむら。」


「…本名?」


「ああ。」


 むらさん…ね。



鈴亜りあ、彼氏とかいる?」


 軽いステップを踏みながら。


「えー…」


 なんだか、答えをしぶってしまった。


「ん?どっちだよ…って、こんなに可愛かったら、いても不思議じゃないよな。」


「そんな…」


「モテるだろ。」


「まさか。」


「ほんとか?」



 …やだ。

 楽しい。

 本当に、楽しい。

 まこちゃんとは静かなデートが多いから、当然こういうきらびやかな空間には来たことがなくて。

 だから…余計、のぼせてしまう。



鈴亜りあー、踊ってるんだー。」


 ふいに、佐和さわがやってきて。


「あ、むらさん、こんにちはー。」


 なんて、挨拶してる。


 …むらさんて、有名人?



「ああ、佐和さわの友達?」


「そう。」


 あたしは、佐和さわむらさんを見比べる。

 佐和さわは、あたしの腕をとると、耳元で。


「あんた、すごい人に気に入られたね。むらさん、この辺じゃ誘われたい人No.1だよ。」


 って…


「……」


 あたしは、佐和さわの顔を見る。


「いいじゃん。むらさん、素敵な人だよ?若いうちから一人にしぼらなくたっていいじゃない。こういうのは、浮気じゃないんだから。」


「で…も。」


「誰が彼氏に言うの?誰も言わなきゃわかんないんだし、あんたもちょっとは遊ぶべきよ。じゃ、あたしはあっちで踊ってるから。」


 佐和さわは言うだけ言うと、金髪の男の子と抱き合いながら、人の波に消えて行った。



「……」


 どうしよう。

 そりゃ、まんざらでもないけど。

 こういう世界もあったんだ…って、のぼせちゃうけど…



鈴亜りあ?」


 ふいに肩に手をかけられて驚く。


「あっ、あ…なな何?」


「何って、踊ろう。チークタイムだ。」


「え…」


 腕を引き寄せられる。

 腰に腕をまわされてー…くすぐったい。



「そんなに硬くならないで…そう、力抜いて…」


 むらさんの声が、耳元に。

 どうしよう。

 ゾクゾクしちゃう。

 まこちゃんとでさえ、こんなこと…


「…かわいいな。」


 やだ。

 この人の声って、色っぽい。


「キスしていい?」


 こんなところで?って思ったんだけど、横目で周り見ると、みんなキスしてる。

 …でも、あたしには、まこちゃんという彼氏が…


「……」


 拒む前に、唇を重ねられてしまった。

 ドキドキしてる。

 まこちゃんとのキスより、ずっと…ドキドキしてる。



「…また会える?」


 心の中でまこちゃんに手を合わせながら。

 あたしは、むらさんの言葉に頷いてしまった…。

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