みずに佇む
仇野 青
みずに佇む
水辺。昏い、水辺。
地下の培養ルームには、SFでみたような「何か」がぽっかりとした円筒の中に浮いていて、ぷくぷくと泡をふき出していた。私は特に感慨も不思議さも抱かずに通り過ぎ、「彼ら」の導くままに歩き続ける。
男達はランタンを片手に、ここより深い、灰色の旧びた扉を通るように示した。誰も彼もが無言だった。
私はどうしてだか何の疑いもなく、彼らの示す道を行こうとしていて、男達そのものを信じてなどいないというのに、その道導だけは、取り憑かれたように、正しいとか正しくないとか天秤に掛けるまでもなく、それに従うのが当然だと思っているのである。
やがて灰色の扉が開き、ランタンの炎が揺れて、前室−例の培養室−の煌々としたあかりが、その地下室に一筋の線を作った。
果たしてそこには十字架の形をした、細い、細いコンクリートの足場がある。道、ではない。足場。どこにも繋がらない、ただ立つための場所だ。
目を凝らせば、その十字架は真っ黒な水の中にある。ちゃぷんという音が不吉に響いた。嫌だ、そう思った時には、私は「彼ら」の誘導の下、十字架の先端に立たされていた。
真っ黒な水と思ったものは、文字通り真っ黒な水であった。昏いから、水が黒く見えていたのではない。その水そのものが、墨よりも泥よりも不吉な黒い色をしているのだ。音も気配もなく男達は消え、あのランタンも、培養室からの光さえも失っていた。
十字架に立ち尽くす私の足元に真っ黒い水が打ち寄せる。恐怖も孤独も感じない。真っ黒なそこに入水自殺してみようなどという好奇心も破滅も感じない。ただ私は、着ていた白い、真っ白いスカートの裾が、その黒に侵されることだけは厭で、指先で布を摘み上げたのだった。
真っ黒は何も語りかけず、私の耳に波音だけが聞こえる。はて、ここからどうしたものか、と。救いも何もないことを直感し、諦観する。
真っ黒。ただ、それだけがこの場に遺されていた。
みずに佇む 仇野 青 @akarishou
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