波佐見 勇高 (はさみ ゆうこう) 社会人4年目 27歳
「俺、会社辞めようかと思うんだ」
話した相手は大賀智治、大学時代の友人だった。智治は今、東京に住んでいる。かたや俺は福岡。大学の頃はよく顔を合わせて遊んでいたが、今は距離が邪魔をしてそうもいかない。だから、数か月に1回程度テレビ電話を使ってオンライン飲みをしている。
「ふーん。いいんじゃない?」
智治はさして驚く様子もなく、そう言ってのける。
「軽いな」
「そりゃな、会社辞めるくらいどうってことないだろ」
「まあ、お前が言うと確かにってなるなあ」
智治は今までに2度会社を辞めている。人間関係が合わなかったり、会社がブラックだったりと運が無かった。しかし、今の会社に不満は無いようで長く続いている。
「智治は上京した時に不安は無かったのか?」
「んー。全くないとは言わないけど、なんとかなると思ってた。酒取ってくるわ」
空になった缶ビールを握りつぶし、智治は画面から消える。
俺は頭の後ろで手を組み、全体重を椅子に預けた。まだ会社を辞めていない今でさえ、辞めた後のことを考えると不安で堪らなかった。
新しい仕事先が見つかるかも分からない、見つかったとしても自分に合うか分からない。だったら、歯を食いしばってでも今の仕事にしがみついた方が良いんじゃないか。
そんな考えがここ数日頭の中を巡り巡っていた。
「まあ、思いつめるなよ。単純な話だろ。嫌なら辞める。嫌じゃないなら辞めない。それだけだ」
いつのまにか智治は画面内に戻ってきていた。
「お前メンタル強いよなあ。本当、よく無職の状態で上京なんかできたよ」
智治は一度会社を辞めた後、はっきりした目的もないのになぜか上京した。最初はネタで言っているのかと思ったが、実際に東京で仕事を見つけたのだから大したものだ。
「誰だってできるさ。しないだけで」
「やったヤツが言うと染みるねえ」
「だったらさ、勇高も来いよ」
「……はあ?」
「ちょうど今の住居に不満もあったんだ。俺と二人でルームシェアしようぜ」
「いや、ニートになろうとしてる奴をルームシェアに誘うか?」
「大丈夫大丈夫。半年くらいなら家賃も肩代わりできるから」
画面越しの智治はニヤリと楽しそうな笑みを浮かべていた。
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