第22話 あなたの名前を教えてください
「いってきます」
「いってらっしゃい、ヒナ兄」
午前の果樹園の仕事を終え、楓の家に迎えにいく。
今日は楓とリオンに行ってショッピングデートをするつもりだ。
相変わらず外は暑くて、クマゼミが鳴いている。
楓の家に着いて、インターホンを鳴らす。
ドアが開いて、楓が顔を出した。
「ふふ…」
楓は笑って出てきた。
家から出た楓はいつもとは違う格好をしていた。
紺のスカートに白のブラウス、黒いスニーカー。
いつもハーフパンツとTシャツでサンダルの楓とは違う、可愛い。
「行こっか、佑輝」
「ああ、行こう楓」
手を繋いでリオンに向かった。
ふわりと楓のどこか甘い匂いが香った。
頭の蝉はずっと鳴いていない。
それは「僕」ではなくて、今は「俺」だからなのか。
考えてもやっぱり分からず、俺は楓の綺麗な横顔だけ見ていた。
リオンは大型のショッピングモール。
夏のこの時期は人が多い。
「多いな…」
「ほんとにね…」
はぐれないようにグッと手を握る。
しばらくあてもなく歩いて、エレベーター前の簡易マップの前で立ち止まった。
「とりあえず…楓、どこ行きたい?」
「うーん…」
楓は案内表を舐め回すように見て
「2階!雑貨屋さん行きたい!」
ちょうどエレベーターが止まって、それに乗って2階に移動した。
そこの雑貨屋は少し落ち着いた雰囲気の雑貨屋だった。
陶器の茶碗やあえて少し古いデザインのポットとカップ、シックな文房具が売っていた。
楓はマグカップをずっと見ていた。
「これ良くない?」
楓が手に取ったのはオレンジに近い赤色をベースにして鳥や花が白くデザインされたマグカップだった。
「うん、オシャレだと思う」
「でしょ?」
「でも、夏にマグカップは合わなくないか?」
そう俺が言うと楓は
「私はマグカップ集めてるの!」
と少しツンとした口調で言った。
「いや、俺は別に否定した訳じゃないぞ?!」
「分かるけど…今言わなくてもいいじゃん!」
こういう所は少し理解が出来なかったりするが、まぁそんなもんなんだろう。
コレクションしているものは何であれ否定されたくないんだろう。
楓は「合わないもの買ってきますー」と嫌味っぽくレジへ行った。
レジから戻ってきたあと、楓には平謝りしておいた。
楓は、別に謝ることでも無いけど…と言って俺と手を繋ぎ直した。
次に向かったのはリュック専門店だ。
リュックしか置いてない。
がま口のような入れ口をしたリュックやボックスタイプのリュックがあった。
この店は入ったものの、楓の興味を惹くものは無かったようで、すぐに店を出た。
「なんかお腹空いた」
楓はそう言いながらジェラートのお店を指さした。
「もう決まってんのな」
俺は思わず笑った。
「佑輝よ!あれを私に買って参れ!」
殿様風な口調でグンと俺の腕を引っ張る。
「へいへい、何が良い?」
楓はニコニコして選んでいた。
「これ!」
パイナップルとイチゴのダブルを楓は選んだ。
「あいよ、買ってくる」
俺は抹茶あずきのジェラートがあったのでそれを注文した。
「うまい…」
楓はスプーンを口に入れたまま満足そうに言った。
抹茶あずきも美味しい。
「ちょっとちょーだい」
「あ」
楓は俺の抹茶あずきを少し取って食べた。
「お、これもうまい…」
「俺にもくれよ」
「お、どーぞ」
楓のパイナップルとイチゴのダブルを半々で取って食べた。
「やっぱり美味しいな…」
この組み合わせがはずれるわけが無い。
「あ!」
食べながら移動している時、突然楓が映画のポスターを見て言った。
「この映画見たい。」
そのポスターは高校生の男女が入れ替わってしまうという映画だった。
「あぁ、今話題の…」
俺は特に興味が無かったが、楓が見たそうだったので見ることにした。
映画の席はちょうど二つ並んだ席があった。
それを選んでチケットをもらう。
映画の席に座ると公開予定の映画の宣伝が流れていた。
後は著作権に関しての話でカメラ人間が踊っている映像が流れていた。
横の楓を見ると楓がこっちを見ていた。
目が合って楓が言った。
「楽しみだね!」
年齢よりずっと幼い少女に見えた。
会場の照明が落ちる。
映画が始まった。
楓は見ている間、声に出さずに笑ったり、真剣な顔をしたりと百面相だった。
ストーリーは意外と面白い。
クライマックス、楓は肘掛けに置いていた俺の手を強く握った。
その映画の主人公は言った。
「あなたの名前を教えてください!!!」
そうやって、エンドロールは流れた。
エンドロールの間、帰って行く人や荷物をまとめる人が現れ始めた。
楓の方を見ると、楓は俺を見ていた。
「面白かったね」って言って、軽くキス。
外でするもんじゃない。でも、暗いから良しとする。
映画が終わって、会場を出る。
楓は大きく伸びて、長時間座った体をほぐした。
「佑輝、面白かったね!」
「思ったよりずっと面白かったな」
「うん!予想を超えてた!」
また手を繋いで、次に入る店を探しに行こうとした時、聞こえた。
「…ヒナ兄?」
振り返るとそこには沙耶がショルダーバッグのベルトを握ってそこに立っていた。
偶然会った時の驚きの表情じゃなくて、どこか怯えたような顔だった。
そして、沙耶はベルトを強くギュッと握って言った。
「佑輝って何?」
何故か映画の主人公のセリフを思い出した。
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