第9話 僕はその名に溺れたかった

「はぁ……はぁ……んっ!」


荒い呼吸の中、意識だけが加速していく。


無性に何かを抱きしめたくなって、薄目で俺を見つめ続ける楓の頭を包むように抱きしめた。




俺は、まだ楓が好きだった。




それは今更どうしようも出来ない事実で、別に何かが変わるわけじゃない。




楓は俺の胸の中で半ば泣きじゃくる様な声をあげて俺の背中を掻く。その痛みは置いていかれた楓が感じた痛みの何分の一なんだろうか。






抱く前の楓は僕を押し倒してこう言った。




「抱いてよ。」




目は少し濁りながらも、妖艶に輝いていた。


僕が少したじろいでいると楓は右手で腹を沿わすように胸の近くまでシャツをたくしあげた。


へそが見えて、あばらの骨の形がわかる程度浮き出ていて…。


「拒否権は無し。」


「いや、僕は─。」


「俺。」


「え?」


楓の目は濁りを増していった。


「俺でしょ?あなたは。」




意味がわからない。楓はどうかしている。


「待ってくれ楓!1回落ち着くんだ!」


楓はシャツをたくしあげ続けて、ブラジャーが見えた。


「私は落ち着いてる。」


そのまま楓は僕に顔を近づけて、お互い目しか見えなくなってから言った。


「私は取り返したいだけ。」




そのままキスをされた。


口の中がにゅるりとした。


「ん……はぁ……。」


誰の声かも分からない。


僕は楓に乗られたまま何も出来ないで、ずっと僕は感じたことの無い経験を受け続けるしか無かった。




はっとして僕は肩を掴んで離した。


「楓!僕と楓はそういう関係じゃないだろう!」


「なんで。」


楓は目に涙を浮かべていた。


「なんでって……、それは僕達は友達だったから─。」


「私、知ってるよ。」


楓は肩を掴んだ僕の手の首をつかみ返して、すっと自分の頬につけた。


「日向は私のこと好きだったんでしょう?」


僕は何も言えなかった。長い沈黙を楓は取り払った。




「今なら抱いていいんだよ?」




何でそんなことをしたのか分からない。


僕は頬にかけた手を楓の首の後ろにかけて引き寄せてキスしようとしていた。


心臓が変な脈の打ち方をして、心が鉛みたいに重くて……。




唇が触れるか触れないかその時に楓は僕の口を覆うように手をつけてキスを止めた。




ただし条件があるの。

私といる間、祐輝になって欲しいの。






その言葉を聞いた俺は楓を抱き寄せて。




それからあまり覚えていない。

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