第4話 蝉が鳴いていた
中学2年 夏
僕達は瀬尾川で遊んでいた。
いつも通り僕が雑草をいじりながら、楓と佑輝が水遊びしているのを見る。
佑輝は球技以外は勉強もスポーツも完璧だ。
楓はカナヅチで勉強があんまり出来ないが、水泳以外のスポーツは佑輝より出来て陸上の選手に毎度選ばれている。
僕は水泳をやっていたから得意だが、それ以外は大体全部それなりだ。
不思議なのは楓がカナヅチなのに水遊びが好きなことなんだよなぁ……。
夏休み、太陽はかなり皮膚を刺すように照りつけているが川沿いに居ればそれだけで少し涼しい。ここから少し離れてしまうとモワッとして蒸し暑いのでここは避暑として僕達は使っていた。
佑輝も楓も瀬尾川にいる魚を制限時間内に何匹獲れるかの勝負をしていた。
「ゆーきー、魚とれそーお?」
「うるさいっ、今真剣。」
佑輝は遊びに手を抜かない。彼いわく、「遊びも勉強も120%!」だそうでどこぞの熱血漢並に熱い。
夏は彼の近くにいるのが暑い。
バシャッ!
楓が勢いよく水に手を突っ込んだ。
そして引き抜くのとほぼ同時にこちらに投げてきた。
「せぇいっ!」
え、まって、ちょっまって、魚がスローモーションで飛んでくるんすけど。
あ──。
ぺチンッ─。
顔に魚が……生臭い……。
「よっしゃぁ!先制点!」
と、ガッツポーズの楓。
「まず僕に謝ってよ……。」
ほっぺたが軽く臭い。獲れたてで臭さは薄いとはいえ、鼻に近いとやっぱり臭い。
佑輝は魚を獲るタイミングを探している。
楓もまた黙って次の魚を探し始めた。
少しくらい謝って欲しいなぁ……。
なんてことを考えながら佑輝と楓を見ていた。
佑輝と楓は付き合ってこの夏で1年だろうか。
関係性は友達の頃とあまり変わっていない。
楓は佑輝に対して好き好きな感じを出している。スキあらばくっつくし、リア充爆ぜろ。
対して佑輝はそんなに変わりがない。むしろ友達の時より楓と距離を取っているように感じる。
僕に気を使っているのだろうか。
多分、佑輝は僕が楓のことが好きなのを分かっているんだと思う。多分だけど。
もしそれで気を使っているなら余計なお世話だ。
僕は楓の笑顔が見れたらそれでいい。僕が楓を笑顔にしたいとか、今となってはそんなことはワガママだ。
たぶん、それが本心なんだ。たぶん。
今日は魚獲りの真剣勝負だからか、あまり楓と佑輝が騒がない。
見ててあんまり面白くない。
僕は芝生の上で寝転がった。
入道雲が大きい。日射しで軽く顔が焼けていくのが分かる。
僕の意識が寝転がる。ころころと坂にそって意識が転がる。
あ、寝ちゃうなこれ。
寝るのが分かった。このまま僕は睡魔に身を任せた。
**************
寒い。
肌寒さを感じて起きた。空が少し暗くなっていた。
佑輝と楓は?
川の方を見る。佑輝と楓はまだ水面をのぞき込んでいた。
でも、何かが変わったように感じた。
頭の中で眠る前と今の景色を比べる。
確か眠る前はふくらはぎの中間まで水があって──。
今は?!
水位は既に膝を越えていた。
僕は背筋が凍った。
思わず叫ぶ。
「おい!!早く上がれ!!増水してる!!」
楓と佑輝が声に気づき、こちらを見る。
しかし、内容までは伝わってないらしく「えっ?」と口を開けている。
ジェスチャーで膝上まで水が来ていることを伝える。
楓は気づかなかった。佑輝はピンと来たようで楓に何かを言っている。
楓が足元を見てハッとした顔をした。
その時、川上から大量の葉っぱと濁った水が流れてきた。
本格的にやばい、これは鉄砲水の予兆だ。
「早く!!鉄砲水が来る!!」
僕は叫んだ。
佑輝と楓は急いで陸に上がろうとしている。
「あっ─。」
楓が転んだ。
佑輝が楓の方を向く。
瞬間、見てわかるほどの水量が押し寄せた。僕のいるギリギリまで増水した。
佑輝が流されながら顔を出した。
遅れて楓が佑輝から少し離れたところで顔を出した。
佑輝は水泳をやっていたから顔を出すことは出来たが、きっと長く持たない。
楓はたぶんもう危ない。
何か使えないか周りを見る。
5mあるかないかの大きな木の枝があった。枝というよりもほぼ木だ。
それを持ち上げる。馬鹿みたいに重い。
持ち上げて考えた。
佑輝と楓どっちを先に助ける?!
楓はもう持たない。佑輝は水泳をやってるからまだ持つかもしれない。
僕は半ば投げるように楓の方に木を架けた。
ちょうど先端が楓の近くにいった。
「楓!掴め!!」
楓は手で掴んだあと脇で挟むように木に乗った。
急いで木を川から引き上げる。楓を陸に上げることが出来た。
次は佑輝!
木を持ち上げて佑輝の方を向く。
いない。
佑輝が見当たらない。
川下の方を見たが、いなかった。
ただ蝉だけがうるさく鳴いていた。
佑輝は帰らなかった。
その後、警察も出動し搜索が行われたが佑輝は見つからなかった。
佑輝のいない葬式が挙げられた。
佑輝の両親は僕を見て、一言。
「日向くんのせいじゃないよ」
楓は僕の呼びかけに応じなかった。
まだ現実を受け入れられないようだった。
それからしばらく経って僕は引っ越した。この事故があったからじゃなくて、父の仕事の関係で。
楓の事が気がかりだった。けどどうにも出来なくて。
あの日から僕の頭の中で蝉が鳴く。
理由は分かってる。
だからこの夏、ここに来たんだ。
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