第3話 あの場所へ
夕方になった。
熱射病の体は完全に治ってはないが、今日のうちにアイツに会っておきたい。
晴希に活けてもらったゼラニウムを包装し直し、出かける支度をした。
台所で支度をしていた叔母さんに出かける旨を話した。
叔母さんは呆れながらも少し心配して
「気をつけて。」とだけ言った。
叔母さんの家を出て真っ直ぐ進む。
あの日から変わらないその道をただ歩く。
頭の中で蝉が鳴き始めた。
僕の後ろから中学の学生カバンを持ったアイツと楓と僕が走ってきた。
そのまま僕を追い抜いて河川敷の方に。
そんな幻を見た。蜃気楼のせいかもしれない。
そう思うほどあの時から変わらない道だ。
暑い。もわっとした風が河川敷独特の泥臭さを連れてきた。
頭の中のミンミンゼミはただひたすら泣き続けている。
河川敷の手前の階段を上り、川幅20mはある瀬尾川に着いた。
あの場所に、向かう。
空は晴れている。が、僕には薄暗くどんよりした空模様に見える。あの日の景色だ。
そんな幻覚を見せるのは蜃気楼のせいかもしれないし、まだ治りきってない熱射病のせいかもしれない。
そんなことはどうでもいい。アイツを探そう。佑輝が逝った場所はどこだ?
川沿いに歩く。たしか、その場所は3人でよく遊んだ場所で河川敷の階段を下りて少し歩いたところ。
そこは芝生が広がっていて僕がよく寝て過ごした場所だ。
そういえば、そこであの2人と会ったんだっけ。
あの2人の笑顔は無垢で、それでいて僕が既に追いつけない場所にいた。
楽しかったなぁ……。
また遊びたいなんてワガママは言えないな。あの時はまだ2人は付き合ってなくて…
あ……。
あった……。
アイツが、佑輝が逝った場所。
受験生にとって大切な夏休みを潰してでも来なければいけなかった場所。
あの日、突然起きた鉄砲水に流された楓と佑輝。僕は選ばなきゃいけなかったんだ。
佑輝と僕は水泳をやっていた。楓はカナヅチでそのくせに水遊びが好きで。
僕が選んだのは楓で。
それは僕が良いように考えているだけで、本当は楓のことが異性として好きで……。
僕は佑輝がいた場所にゼラニウムを置いた。
「真の友情」なんて笑ってしまうけれど。
でも信じて欲しいんだ。あの時の判断は楓が好きだからじゃなくて、2人を助けるための判断だったんだってことを。
佑輝が流された場所の近くには皮肉にも警報灯が設置されていた。
ゼラニウムを置いた前で僕は座り込んであの日のことを思い出そうとした。
ミーンミーンミーン……。
蝉が頭の中で鳴き続けた。その音に邪魔をされて思い出せなかった。
どれくらいここにいただろうか。
1時間?いやそれ以上かもしれない。
本当は30分も経ってなかったりして。
でも15分以上はそこにいた。
ザッザッ、と砂利を歩く音が左からした。
その方を見ると白いワンピースに麦わら帽子をかぶったストレートヘアーの女性が歩いてきた。
その光景は少し現実味がないほど美しく、水彩画のように淡かった。
女性の歩き方に見覚えがあった。少し左右に揺れるように歩くその歩き方は……。
「楓……?」
その声に反応して女性は顔をしっかりと僕に向けた。
僕と同じ18歳のはずなのに、どこか幼くてそして矛盾を感じさせない大人っぽさを持った楓がそこに居た。
頭の中の蝉がもっとうるさく鳴き始めた。
周りの音も、全ての音も消してしまうほどに。
楓は口を動かして何かを話しているようだが聴こえない。
水彩画のように淡い彼女の姿がどんどん淡くなって、彼女の周りの景色も淡くなって──全て溶けて……。
目の前がテレビの砂嵐のようになった。
座っている僕の平衡感覚が無くなる。
ただはっきりとしていたのは頭の中のミンミンゼミの鳴いている音声だけだった。
僕の夏が始まった。
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