アイナ aina【大地】
私は感覚が鈍っているようだった。
岡田くんが見舞いに来てくれたことは覚えていたが、求め合いキスしたことが、自分がしたことのように感じないのだった。
罪悪感からくる感じではなくて、人が変わったような感覚をおぼえている。私がしたことなのに、他人がしたような。
結婚したり、相手のある男性に触れようとは、気の迷いすらないほどはっきりと、私は触れない。それが私であって、当たり前のことだったのに。
こんなにルーズな自分がけがらわしい。
これじゃあ、岸本さんに合わせる顔がないし、岡田くんに普通に会いにくい。
私は頭を抱える思いだった。
でも、そのことがかえって私を現実に引き戻し、私は次の診察で2月末の退院、1ヶ月は自宅療養、4月からは元の仕事と生活に戻ることを押して、主治医の了解を何とかもらうこととなった。
ひとつの後悔が、ひとつ人生を後押しする力となった。
そして私はまず、家に日帰りで帰る許可を得て、無事に過ごして、次は1泊から自宅で外泊をしてみることにした。
自分の心の中では、何となく気まずいが、とても久しぶりに岸本さんに電話をした。岸本さんは電話に出た。
「久しぶりだなぁ。俺、夜勤明けで休みに入ったところ。外泊するの?うん、1泊なんだ。良かったら、明日も休みなんで、隣で眠るよ。それで不安が休まるなら。俺は君に合わすから。何でも言ってくれよ。大変だったろう。入院までして。」
岸本さんは途切れなく話した。私は言葉数が少なかった。
「うん、じゃあ、夜7時くらいに来て泊まってもらえる?ごめんね。明日は夕方までに戻らないと。」
「わかったよ。晩飯、適当に一緒に買って行くから。じゃあ、またあとで。何かあったら電話して。」
電話は切れた。
優しすぎる岸本さんに困惑している自分の心をもて余した。
私は急いで、意味なく紅茶を入れた。それを、そっとそっと、飲んで気を落ち着かせた。
晩ご飯は、ちらし寿司を買ってきてくれた。緑茶を入れる。本当にちらし寿司など病院で食べられず久しぶりに食べた。
だから、とてもおいしかった。
「すごくおいしい。ありがとう。」私は食べながら、目でお礼を伝えた。「おいしいだなんて、それは良かったよ。」岸本さんはにっこり笑った。
本当にうれしそうな笑顔だった。愛されている、ということが直に伝わってきた。
私は、なぜか、岸本さんに抱きついた。そして、少しだけ泣いた。
岸本さんは驚いて
「由季、大丈夫か。」しっかりと私の身体を抱き締めながら、聞いてきた。【由季】に変わっている。小川さんから。
「わからない。ねぇ、抱いてほしいの。だめ?」私は口から勝手に言葉がこぼれた。
「病院から禁止令とかは、出てない?」岸本さんは真剣に聞いた。
「出ていない。」そう、そんなことは何も話にすら出なかった。だって、あの主治医、何も知らないもの..。ふと、そう思った。
「ちょっと風呂に入ってからにしよう。俺から入るね。」そう言ってお風呂のお湯張りに行ってしまった。
私はその間に、食べたものを片付けてテーブルをふいたり、ねまきや布団を用意した。いつもの生活の一部のように。
岸本さんが上がったので、交代で入って上がった。岸本さんは、ロフトにだけ灯りをともして、ゆったりしていた。私が上がると、布団の中に入れてくれた。
並んで横になると、ふいに岸本さんが、
「ね、どうしたの。何かあった?不安なのか?抱きしめようか?」岸本さんは早口でそう言った。その唇を私は、そっと自分の唇に重ねた。舌を出して、岸本さんの唇をやさしくなめた。岸本さんはじっとしていたが、がばっと半身を起こした。
そして、私を慈しむような遠い目で見つめた。
「心配なんだ、君のことが。近くにいても遠いし。離れていたら、もっと遠い。」と言って、珍しくため息をついた。
私はその様子をなんだか神々しいもののように、やさしい気持ちで見つめ、見つめるうちに、うたた寝してしまい、なんと、不覚にも、寝落ちてしまった。
私はそのまま深い眠りに入り、朝まで眠ったようだった。
私は、自分のこの性質にあきれ果ててしまった。
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