アクア akua【女神】

浩一先輩は、私の中学時代のひとつ上のひとだった。

学校で噂になるほど、けんかが強いということは聞いていた。

お母さんは看護婦をしており、彼の父とは彼がまだ幼い頃に離婚していると、それは直接本人に聞いたことがある。

定かではないが、彼は中学時代からボクシングを習っていると人づてに聞いた。


私が中学時代、家庭の事情から強く寂しさを感じ、同じような環境の子たちとつるむようになった。

彼は、まさにその一人であった。


中学時代から彼は私を、「由季、由季」と呼び捨てにしていた。私は「コーイチ先輩」と呼んでいた。

コーイチ先輩は同じ学年の雅子さんという美人と付き合っていて、よく一緒に下校する姿を見かけた。


私とコーイチ先輩は違う高校に進学をして、疎遠になりつつあった。


私が高校2年、先輩が3年の冬の夜、私の家にコーイチ先輩から電話がかかってきた。

父はまだ仕事で帰っていなかった。


「よ、元気かよ。寒いんだよ。今外からかけてんだ。お前、ちょっと今から出てこれるか。大事な話があるんだ。」

コーイチ先輩は、すーすー寒そうに息を吸いながら話していた。


「いいよ。どこに行けばいい?ああ、あの公園ね。わかった。」

私は近くの公園まで行くことにした。


公園に着くと、コーイチ先輩はもう来ていて、たばこを吸っていた。

「おう、悪いな。ここじゃ寒いから車で話そう。」

そう言って、たばこを足でもみ消した。


私は助手席に座った。

車の中は暖房で暖かかった。

近くで見ると、コーイチ先輩は昔より一回りくらい大きくなったように感じた。


何も話さないなと思っていたら、いきなりキスをしてきた。私は驚いてのけぞり、両手で先輩の両肩を押し返そうとした。

したのだが、一ミリも先輩は動いていないことに気がつくと同時に、ものすごい恐怖が心をかけ回った。ふと先輩の席にガムテープとひもがあるのが見えた時、私はもう動けなくなった。動いたり、声を出せば、なぐられる、ケガをする。下手をすると殺される。私を殺すことなど簡単にできてしまうのだ。でも、そんなことを簡単にされそうになるとは夢にも思っていなかった。私は裏切られた、と感じた。


先輩は強く私の身体を求めてきた。厚着していた服は脱がされていく。また身体をまさぐる。求めてくる。私は完全に身体に力が入らなくなっていた。

初めてだったので、指を入れられたとき、

「痛い」

と身体がのけぞった。

「ごめん」

コーイチ先輩は、初めて我にかえった顔をして私を見た。

「痛いよ」

私はもう一度、先輩の目を見てそう言った。


先輩は、

「服着なよ」

と言い、横を向いて窓の外を見た。


私は、いつものコーイチ先輩に戻ったのを感じ、ひくひく泣きながら服を着た。


「送るよ」

先輩はそう言ったが、私は

「いい」

それだけ言い捨て、ひくひくと涙が止まらないまま、家まで帰った。


父はまだ帰っていなかった。


しばらくすると、もう一度家に電話がかかってきた。

コーイチ先輩だとすぐにわかった。私は、出なかった。


それきり、浩一先輩とは疎遠になっている。


私は身体の関係をもつことが恐くなった。

「死んでしまったらどうしよう」という変な思考回路ができ上がってしまっていた。


このことを、岸本さんにどう切り出せば良いか、私はずっと考えていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る