ルル lulu【静けさ】

私の仕事は基本的に、平穏な中で静かに行われる。

それは、場所が高級マンションの内側だからだと思う。

騒がしいことといえば、引っ越しの時や、子どもの泣き声、笑い声が聞こえる時くらいの気がする。


私が接客するのは、そのマンションの住民とマンションに来るお客さま、また、クリーニングサービスや宅急便サービスなどであり、住民への声かけも仕事のひとつである。いってらっしゃいませ、等。


その受付窓口の横の部屋が、管理人室となる。


私に突然の告白をしたひとは、管理人なのだ。


私が入社した時、彼は40歳を過ぎた頃で、ベテランのように見えた。


入社したてで、まだ仕事を先輩から教わりながらしていた頃、女の受付の先輩に、

「由季ちゃん、ほら、あの管理人さん、5年前に奥さんを癌で亡くしたんだよ。」とふいに話しかけられた。

「そうなんですか。まだ、お若いですよね。」

「由季ちゃんにそう言われたら、岸本さん、喜ぶわよ。」と言われ、岸本さんって言うんだ、と私は心の中で思っていた。


管理人さんは何人かいて、交代勤務をしていた。


私が初勤務の朝、マンションの植えこみの花に水をあげている岸本さんと出くわした。

「あ、君が新人さん?小川さんだよね?」と話かけてくれた。

「はい。今日からなんです。よろしくお願いします。」私は頭を下げた。

「ま、そんなかしこまらずにね。」そう言って岸本さんは、にっこり笑った。


目が笑っていない。

なぜ、あんなに笑顔なのに悲しそうなのだろう。

私は、昔父が母と離婚したての頃にみた父の瞳を思い出した。


私と岸本さんは、そんなふうにして出逢い、私の中に印象深く残った。

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