第16話 鑑定の時間
「ん……ん~~!!」
腕を組んで大きな伸びをするとついつい声まででてしまった。
安宿の寝床はベッドも無く床に布が敷いてあるだけの雨風を最低限しのげる場所でしかなかった。
ソフィーとクレアはこういう寝床にも慣れているみたいだが、俺は体中がギシギシする。
軽くストレッチをする俺の横でソフィーがクレアと話した後、クレアの手に何かを握らせて送り出した。
「クレアはどこに行ったんだ? ひとりで出歩かせて大丈夫なのか?」
この地域の治安は正直あまり良くはなさそうだから小さな女の子ひとりで出歩かせるのは不安があるんだよな。
「ちょっとそこまで、ね。ユニーも一緒に行ってもらっているから大丈夫よ」
どこに行ったのか教える気はないみたいだな。
まあ、そのあたりのチンピラくらいの相手なら今のユニーなら余裕だろうな。もっとも町中で魔法を使ったりすればいろいろと面倒なことになりそうだから何事も起きないのが一番だな。
……フラグ、立っていないよな?
朝食を食べてしばらくゆっくり過ごす。
先日の二度目の不思議な夢の後、アイテムボックスのアイテムリスト最上段にボタンが増えていた。
さすがにザックコロニーからここまで歩いているあいだに試すことはしなかったが、今なら安全な宿の中だし俺の能力のことを知っているソフィーしかいないから実験には都合がいいな。
そう思い、ソフィーが淹れてくれた紅茶を飲みながら確認してみる。
ボタンの内容は【スキルリスト】
試しにタッチしてみると、分解と【鑑定】という項目が表示された。
分解はアイテムリストからだけでなく、こっちから行うこともできるみたいだ。
【アイテムリスト】というボタンもあったが、これを押すといつもの見慣れた画面に戻った。どうやら押すたびにアイテム一覧とスキル一覧が切り替わるらしいな。
鑑定という項目の横にはよくRPGでアイテムの説明に使われるような枠があり、説明が書かれていた。
《鑑定したい対象を意識して見つめると、情報を閲覧することができる》
なんというか、思いっきりベタな性能だな。小説とかでよく商人あたりが持っていそうな能力か。
それにしてもアイテムボックス、分解、鑑定と戦闘に使えそうな能力が全くないな。
自分からわざわざ危険に飛び込むつもりはないが、降りかかる火の粉を振り払えるくらいの力は欲しいところなんだけどな。
とりあえず、自分の両手を意識して見つめてみる。
名前: イズル ヒノ
種族: ヒューマン
年齢: 十八
職業: 無し
備考: エウストリの渡り人
ヒューマンは問題ない。いわゆるごく普通の人族だろう。
エウストリの旅人……エウストリというのがなんなのかよくわからないが、夢で出てきた名だ。これもまあ、とりあえずはいいとする。
問題は次だ。
年齢十八歳?
いったいなんのことだ?俺は四十手前だったはずなんだが……?
改めて自分の体をチェックしてみると、それなりに年期の入っていたはずの手や、肉が付きかけていた頬にも張りがあるような気がする。
今までずっと森の中で気を張っていたから気が付かなかったが、もしかするともしかするのか?
そういえば、クレアは俺のことを「お義兄さん」とか「お兄ちゃん」と呼んでいたよな?
「なあ、俺って何歳に見える?」
隣で柔軟体操をしていたソフィーに聞いてみる。
「え? ヒューマンの年齢はわたし達には分かりにくいんだけど成人したかしてないかそれくらいかしら? 確かヒューマンは十八で成人よね?」
「俺に遠慮して言ってるんじゃないよな?」
「遠慮って何? 十七か十八くらいに見えるわよ」
……なんてことだ。だからこっちの世界に来てから体が軽かったのか。
というか、なんでもっとはやく気付かなかったのだろう。
そして失礼だと思いつつもこっそりソフィーを観察してみる。
名前: ソフィア・ノストス
種族: ハーフエルフ
年齢: 二百八
職業: Dランク冒険者・討伐隊メンバー
備考: 孤児
「ぶっふうううーー! に、にひゃっ!!」
口から噴き出された紅茶に虹が架かっていた。
☆彡
「ここがアールヴァニアなのですねー!」
きっと今、クレアの目は輝いているはずなのですよ。
物心がついた時にはすでにザックコロニーにいたわたしは、今まで外の世界に出たことはったったの一度も無かったのです。
もう、クレアの好奇心を抑えることは誰にもできないのですよー。
ユニーちゃんもクレアの隣を楽しそうに歩調を合わせて歩いてくれているのです。
わたしの護衛でもしているつもりなのかもしれないのです。
白馬の王子さまが乗っていれば完璧なのですが、イズルお兄ちゃんはお部屋でお留守番中なのです。
ソフィーお姉ちゃんに頼まれた用事はもう終わりましたが、出発まではまだ少し時間があるのでユニーちゃんとお散歩を楽しんでいるのです。
ザックコロニーではこの時間にはもう皆さんツタを切ったりガジュマルを切ったり一仕事終えた方も多いのですが、ここではようやく仕事をはじめた方たちが多いようなのですよー。
しばらく歩いていると、人だかりができてざわついている場所に着きましたのです。
「なにかあったのですかー?」
小柄な体を活かして人だかりを抜けて中心にたどり着くと、全身を鱗に覆われた男の子がいました。
はじめて見ましたが、ドラゴニュート族でしょうか? クレアよりも少し年上くらいだと思うのです。
よく見ると、足に切り傷があります。どうやら怪我のせいで動けなくなって蹲っていたようなのです……。
「大丈夫なのですか?」
近寄って声をかけますが、痛みがひどいのか「うう……っ」という反応しか返ってきません。
「だれか、薬草持っていないのですか? 回復魔法を使える人でもいいのです、助けてあげてほしいのですよ!」
周りで様子を窺っている人に声かけてみましたが、みんな視線を逸らしたり、バツがわるそうに立ち去って行く人ばかりです。
いったいなんなのでしょうか? クレアには回復魔法は使えません。薬草も宿に置いてきてしまいました。今から戻って取ってくるにはかなり時間がかかってしまいまうのです。
クレアには何もできません。悔しくて悔しくて、思わず男の子の手を握る手に力がこもってしまいました。
「つっ!」
思わず手を離します。それほどの力を込めたはずはないのですが、クレアの火の魔力がかなり強く集まってしまったみたいなのです。
慌てるクレアの鼻先で押しのけて、ユニーちゃんが男の子の傷口に額を近付けます。
「クーウ!」
ユニーちゃんの額のあたりが白い光に包まれます。その光はすぐに消えましたが、周囲の人達はびっくりした様子なのです。
ざわ……ざわ……
なんだかやけに気になるざわめきも聞こえてきました。
男の子の足の傷は完全に消えていました。
触ったり跳ねたりして、治った本人がいちばん驚いているようでした。
「なあ猫の獣人のきみ、あんがとな! 俺の家にくることがあったらお礼をさせてくれ!」
ニカッと笑っていうと、急いでどこかへ走り去って行ってしまったのです。
傷を治したのはクレアじゃなくユニーちゃんだったし、第一お互いの名前も知らないのに俺の家もなにもあったものじゃないのですよー。
それでもなんとなくいい気分になったクレアはユニーちゃんといっしょに宿に戻ります。
「ぶっふうううーー! に、にひゃっ!!」
叫び声と同時にお部屋の扉を開けると、そこにはきれいな虹が架かっていたのでした。
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