『呪いの時計さん』 第1部

やましん(テンパー)

第1話 『呪いの時計』さん


 ぼくは、恐怖、『呪いの時計』さんです。


 『置時計』にして、『電波時計』であります。


 メーカーさんの希望小売価格は5万円で、いささかお高くなっておりますが、これは装丁にかなり良い材料を使っていて、随分と作りが凝っているためです。


 ぼくの最初のご主人さまは、中年のサラーマンさんでしたが、独身で、やや孤独な方で、深夜に帰宅すると、僕の頭をなでで『ごくろうさん!』と言ってくれたものです。


 ところが、ある時、親しかった知人から頼まれた先物取引とかで、まあ、早く言えば騙されたようなものなのですが、大損し、お金が払えなくなり、また、あまり良くない人たちが絡んでいたらしくて、結局自殺してしまいました。


 その、恨みのすべてを、ぼくが受け取ったのです。


 ぼくは、『呪いの時計』さんになり、新しい所有者の方に、その深い恨みをぶっつけることを使命といたしました。


 可哀そうなご主人の手から、ぼくは、ふらふらと、あちらこちらの倉庫に移動させられました。


 二番目のご主人さまは、まだ二十歳代の公務員さんでしたが、ふとしたことから、蚤の市で安くぼくを購入したのです。


 まあ、いい人でしたが、そのころ、ぼくの呪いはますます高まっておりました。


 露店の店先のラジオから流れていた国会中継を、よく聞いていたのですが、なんだか意味は分からないけれど、欲求不満がひたすら高くなっていたのです。


 そこで、ぼくは、個人的には国会とは直接には何の関係もない、この下っ端の公務員さんに狙いを定めました。


 ある日、大雨の中で、彼の運手する自動車は、がけから転落しました。


 彼の遺品は、そのご家族から、ある業者さんがまとめて買い取りました。


 彼自身や、彼のご家族の恨みをも受け継いだ僕は、ますます、恐ろしい『呪いの


時計』さんになりました。



  ********   👼 👼 👼   ********



 三番目のご主人さまは、老齢の、ひとり暮らしの女性でした。


 簡素なご自宅で、ただひとりで暮らしていたのです。


 微笑みの絶えない方でしたが、なんの落ち度もない彼女ではありましたが、ぼくの呪いは彼女をも襲いました。


 ある日の夜、お風呂で孤独死をしたまま、長い間発見されませんでした。


 半年もたってから、やっと民生委員さんが気が付き、発見されました。


 彼女のお子様は、交通事故で早くに亡くなっており、お孫さんは、学校でいじめにあって、遠くに引っ越していました。


 彼女の、誰にも言わなかった深い恨みを、ぼくは頂いたのです。



 このようにして、ぼくは、沢山の恨みや呪いを受け継ぎました。



  ************   👼   ************



 そうして、ついに、あの方のお家に引きとられました。


 ぼくは、まだ、きれいな状態のままでした。


 もともとの販売価格からしたら、10分の1の、そのまた半分くらいになっておりましたけれども。


 こんどのご主人は、60歳過ぎのおじさんで、体調を悪くして仕事は止め、奥さんとも別居中で、お子さんはいませんでした。


 まあ、この人も、孤独だったのでした。


 ぼくは、当然、このご主人も狙う事にしたのです。


 まったく、絶好の相手でしたから。


 おまけに、多少自分勝手な恨みを(中には正当なものも、いくつかは、ありましたが)沢山持っていたのですから、実に好都合でした。


 ぼくは、いつのまにか、人の恨みを吸収することで、さらに元気になれる『悪魔の時計』さんになっていたんです。


    ***  👿  ***  👼 ***  👿 ***



 ところが、このおじさんは、実は、とんでもない人でした。


 言ってみれば、悪運のデパートみたいな人です。


 この方の周囲では、意味不明の出来事が、さかんに起こっていたのです。


 この方が触った機械は、ほぼ例外なく、壊れてしまうのです。


 職場のコピー機、電話機、パソコン、電灯、ポット・・・・、


 なんでも、どんどん、壊れてしまいます。


 一方、ご本人も、不意にどぶにハマって骨折したり、バイクや自転車に接触したり、上からなにかが落ちて来たり、階段から滑り落ちたり、よく意味が分からないまま腎臓が壊れたり、職場の緊急事態で急いで走っていたら、つまずいて書類ごとひっくり返ったり、お散歩中に転倒して怪我したり、お相撲遊びしていて腕の骨が折れたり、意味不明の怪現象が次ぎ次ぎに起こったりもし、まあ、周囲からは、おっちょこちょいで不吉な人、で通っていたようですし、退職後は大部分の交際は消滅し、まあ、いまだに生きているのは、むしろ『幸運』だったとも言えるでしょう。まあ、おそろしく、ついてない人なのです。


 これは、しかし、あくまで確率の問題で、人間には、どうしても運不運が付きまとうのです。


 また、いったんそこに陥ると、もし、幸運の端緒が見えても、自ら捕まえることが難しくなってしまうのです。


 そのまま、ぐるぐると、悪運の渦に飲み込まれてゆくのです。


 この悪循環が恐ろしいのです。


 これを、なんとか打ち止めにする、社会的な強力な防御策や、援助や、医療面の支援の充実などがのぞまれるのですよ。


 何の罪もないのに、命に係わるような、不運の渦に巻き込まれてしまう場合さえも、実際にありますのですから。


 おっと、でも、ぼくは『呪いの時計』さんですからね、これは、ぼくが言うべき事ではないのでしょう。


 つまり、このご主人様は、ぼくにとっては、たいへんに美味しい、実に好都合な方な訳です。


 ぼくは、でも、そこらあたりの事は、最初は不覚にも気にしていませんでした。


 ある日の夜中の事、ぼくは、とうとう呪いを実行しました。


 ご主人様が、階段を踏み外すように、しくんだのです。


 上から下まで落っこちて、頭を柱の角で強打するのです。


 で、おしまい。


 完璧です。


 ところが!


 なぜか、その前に、二階の階段の踊り場に置かれていた沢山のレコードさんが、ご主人の足元に絡みつくように、引っかかりました。


 これは、想定外です。


 ご主人は、持っていた重たい本を投げ出して、階段の手すりにすがったのです。


 その本は、宙を飛び、階段の一番下にあった掃除機さんを直撃しました。


 掃除機さんの『ホース』がぶっとんで、それはなんと、隣の部屋の棚の上にあったぼくの足元を直撃したのです。


『おわ~~~!!』


 ぼくは叫びましたが、なす術もなく、棚の上から転落しました。


『うぎゃあ~~~! 壊れるう・・・これは、呪い返しかああ~~!!』


 ぼくは、訳の分からない事を叫びながらも、実はもう諦めました。


 でも、その音に驚いて、たまたま侵入していた大きな猫さんが丁度真下を走り、ぼくは猫さんの背中に落ち、そこがクッションになって、やんわりと床にころがりました。


『ぐぎゃあ~~~~~~~!!』


 侵入した猫さんは叫びました。


 それから猫さんは、この家は危険だと判断し、さっき侵入した窓からさっさと撤退してゆきました。


 ご主人は転落を免れ、ぼくは、寸前でばらばらにはならずに、ほとんど傷もなく済んでしまったのです。


 ただ、ご主人が持っていた大きな古いご本が、ちょっと傷ものになったのです。


『あああ~~~。またやっちゃったあ。うわ~~~ん。大事な『カレワラ』初版本なのに~~!』


 ご主人が嘆くのが聞こえ、それから、階段を降りてきたご主人は、ぼくを発見しました。


『うぎゃあああ~~~、これ、買ったばかりだよお。壊れたかなあ???』


 ご主人はぼくを撫でまわし、確かめ、よしよしを、したのです。


『痛かったねえぇ・・・ごめんね。よく、あそこから落ちて壊れなかったなあ。さっきの不気味な叫び声は何だたんだろう? 悪魔かな? 』


 ぼくは、久しぶりに、頭を撫でてもらったのでした。



    ************   ************

 


 しかし、そのくらいで、ぼくの呪いは消えたりは、しません。


 当然の事です。


 ぼくの恨みは深いのです。


 まあ、この時は、たまたまの失敗でした。


 そこで、次にぼくは、更に恐ろしい計略を実行しました。


 こんど、ご主人さまが、自動車の運手をしたら、その自動車が止まらなくなるように、呪いをかけたのです。


 前回以上に、完璧です。



    **********   **********


 

 ついに、その日が来ました。


 ぼくは、棚からご主人様を見送りました。


 もう、これが、彼の姿を見る最後の日になるのです。


 『やれやれ、次はどこに行くんだろうな。まあ、その前に、たっぷりと新しい呪いを頂こう。』


 ぼくは、そう考えておりました。


 もう日がとっぷりと暮れたあと、玄関が、ガラッと空きました。


『ひえ~~~~~~、ひどい一日だったなあ。お守りが自動車の床に落ちてるとは思わなかった。わざわざ警察にまで届けて、あっちこっち探しまわった。あれは、ぼくが生まれた時に成田山でいただいた大切な身代わりのお守りさんだからなあ。まあ、あってよかったよお。灯台下暗し。カバンにちゃんと戻そ。』


『なぬ~~~~~!! いやあ、どうりでいつものようには、手ごたえが来ないと思ったんだが。あのお守りに呪いを破られたのか!無念!残念!』


 たしかに、ご主人様は、強い念の籠った強力なお守りを持っていたことは、分かっていたのです。


 普段は、手提げバッグに入っているのですが・・・・・。


 でも、これで、ぼくの呪いの一つが、なぜか、すっと消えてしまったのです。



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