第19話 デート

 3月3日。ひなまつりは関係ない。たまたまである。午前10時45分。駅前のベンチに腰かけた。颯太は相馬と会うつもりで来るのだ。こちらから声をかけなければならない。ああ、緊張する。びっくりしてすぐ帰られてしまうかもしれないし。

 11時になった。俺は座っていられず立ち上がった。そして周囲を見渡す。いつもよりも人は少なめだ。コロナウイルスのせいだろう。駅の改札を見ていると、そこへ颯太が現れた。私服の颯太。おしゃれだなあ。いや、何を着ても可愛いものは可愛いのだ。颯太はキョロキョロしながら改札を出て歩いて来た。そして俺の姿を目にし、ピタッと立ち止まった。俺は静かに颯太に歩み寄った。走り寄ったりしたら逃げられそうだから。

「先生、どうしたの?今日は休み?」

颯太が聞いてきた。そう、今月は感染拡大を防ぐため、教師の出勤も抑えることになっていた。1、2年生は定期テストで授業はないので、俺は今週、休みになっていた。

「ああ、今週は休みなんだ。」

と言ったものの、この状況を説明しないと・・・。

「ねえ、相馬見なかった?待ち合わせてるんだけどさ。」

と、当然ながら颯太はまだ相馬を探している。

「あー、颯太ごめん。実は・・・相馬は来ないんだ。」

「え?」

颯太は俺の顔をまじまじと見た。う、照れる。

「あ、そういう事?」

きゅ、急にドキドキしてきた。つまり、これって、ほとんど告白してないか?

「じゃあ、俺帰るわ。」

颯太はそう言うと、くるっと後ろを向いて歩き出した。俺は慌てた。いや、ほんとに咄嗟だった。いつもの俺なら、このまま哀れに取り残されてもおかしくなかったのだが、いかんせんもう後がない気がした。これを逃したら一生颯太に会えないと思ったのだ。

「ちょ、待てよ。」

俺はそう言うのと同時に、颯太の腕を掴んだ。颯太が振り向く。俺はあっと驚いた。怒っている顔をしているのかと思ったら、赤い顔をして、目がウルウルしていたのだ。

「あ、えっと。その、ちょっと話をしないか?」

俺がそう言うと、颯太はすぐに頷いた。俺はほっとして腕を放した。さて、どこへ連れて行ったものか。


 駅から、高校があるのとは反対方面へ歩いて行った。少し歩いたところに、大きな公園がある。多少人がいても、広いので誰にも聞かれずに話ができるはずだ。颯太は上着のポケットに両手を突っ込み、少しうつむき加減に歩いている。俺の1メートルほど後ろからついて来ていた。俺はちゃんとついて来てくれているか、心配で何度も振り返った。その度に、颯太はちらっと俺の顔を見た。俺は手に汗を握りながら歩いていた。ただ生徒と歩いているだけなのに、この汗は一体何なのだ。いや、本当は分かっている。ただの生徒ではない。もうとっくに。

 公園に入り、人のいないところまで奥へと進んだ。開けた所にベンチがあり、そこに座った。颯太も隣に座った。すると、俺より先に颯太が口を開いた。

「相馬に頼んだの?」

まだポケットに手を入れたまま、颯太は俺にそう問いかけた。俺はちらっと颯太の事を見て、すぐに前を向いた。

「いや、俺から頼んだわけじゃない。」

相馬の方から・・・と言いかけたがやめた。相馬のせいにして言い訳しているように聞こえるだけだ。

「ふーん、相馬がね。」

颯太は、今やっと誤解を解いたのだろう。相馬が俺の事を好きなのではない、という事を。

「颯太、だますような事してごめん。どうしても、伝えたいことがあったから。」

俺は、そう言って少し体を颯太の方に向けた。颯太はじっと俺の事を見つめる。

「俺は、その・・・・。」

ああ、勇気よ出ろ!心臓が爆発しそうだ。耳が熱い。

「お前の事が。」

俺は大きく息を吸った。目をつぶって、一気に言葉を吐いた。

「好きなんだっ。」

言って、恐る恐る目を開けた。颯太のちょっと赤らんだ顔が見える。ちょっと下唇を噛んでいる。じっと見ていると、

「・・・分かってたよ。先生、バレバレだから。」

颯太はそう言って、目を泳がせた。そっかー、やっぱりバレてたか。バレバレだったかぁ。

「俺、言ったよね。先生の事好きだって。」

え?・・・えぇー?!俺は目をパチクリさせた。しばらく絶句。二人して5秒くらい沈黙したのち、

「ああ、修学旅行の時・・・の?」

俺が遠慮がちに言うと、

「よかった、覚えててくれて。」

と颯太が言った。

「でも、あれは・・・なんだよ、ほら。好きって言っても、普通の好きって言うかさ、特別な意味ではないと・・・思ったんだが・・・。」

尻すぼみな感じで俺は言った。なぜかと言うと、だんだん颯太の顔が怒った顔になっていったからだ。

「ごめん、いや、そんなわけないよな。それなのに、俺分かってなくて。」

と言ったものの、分かっていなかったのではなく、そう思い込もうとしていたのかもしれない。生徒と特別な関係になるわけには行かないから、あの時に前に進むわけにはいかなかったから。

 じゃあ、俺と颯太は両想いなのか?っと待てよ。他にも懸念があったではないか。

「でも颯太、坂口とは?つき合ってたんじゃないのか?」

俺がそう言うと、

「つき合ってたよ。」

と颯太が言う。ガツンと何かが頭を打つ。やっぱり。うう。

「期間限定で。」

とまた、颯太が言った。

「は?期間限定?」

「そう。卒業式までって。」

俺がまだ顔に疑問符を浮かべていると、

「これ言うと、嫌われるかなあ。」

颯太はそう言って一度目を反らし、空を仰いだ。

「先生はさ、間違いなく俺の事が好きなのに、俺が告ってもはぐらかすし、ああそうなんだ、俺の先生でいるうちはつき合ったりできないんだろうなって思ったから。坂口にはちゃんと言ったんだよ。俺は八雲先生の事が好きなんだって。でも、卒業式までつき合おうよって言われて、それで。・・・先生、俺に幻滅した?」

颯太は俺の方を見た。そうか、それであの坂口の反応だったんだな。あの敵対心むき出しの。坂口もつらかったんだろうな。

「そんなの、するわけないだろ。」

俺は、じわじわと実感し始めた。颯太は、俺の事が好きなんだ。1年前からずっと、俺の事が好きだったんだ!叫びたいような歓喜が押し寄せる。

「うぉー!やったー!やったぞー!」

俺はとうとう、立ち上がって叫んだ。しかも、両手のこぶしを空に突き上げて。颯太はキョトンとした顔で俺を見上げた。あ、それこそ幻滅させた・・・?

「あ、ごめん。つい、喜びが抑えられなくて。」

俺はストンと座ってそう言い、頭をかいた。すると、颯太はにこっと笑った。ああ、天使!

「うぉほん、ごほん。ええ、じゃあ、これからは、俺と、そのぉ、つき合ってくれる、のか?」

なぜかしどろもどろにそう言った俺は、立ち上がって颯太の方に体を向け、握手を求めるように手を差し出した。ポケットに手を突っ込んでいた颯太は、ポケットから手を出し、俺の手を握ってくれる・・・と思った矢先、

「ちょっと待ったー!」

と、遠くから声がした。見るとなんと坂口が走ってくる。二人してぽかんとして見ていると、あっという間に目の前に坂口が現れた。息を切らして走ってきて、膝に手を当ててハアハア言っている。

「坂口、なぜここに!?」

俺が驚いて尋ねると、少し呼吸が落ち着いた坂口は、ちゃんと立ち上がって言った。

「俺んち、近くなんだよね。コンビニに出かけようとしたら、二人が歩いて行くのが見えたから、つけて来たんだよ。」

迂闊だった。こんな都心のど真ん中にも住んでいるやつがいるって事を忘れていた。

「颯太、もう一度考え直せよ。こんなおっさんより俺の方がいいだろ。」

「こらこら、おっさんはないだろう。まだ二十代なんだからな。」

「いやいや、もうすぐ三十路でしょ。俺たちはまだ十八なんだぞ。」

がーん。そうだった。一回り違う年齢。この子たちからしたら、俺もおっさんだよな。

「颯太、八雲っちのどこがいいんだよ。」

坂口がそう颯太に聞いたので、俺も黙って颯太の方を見た。

「え?」

颯太は急に水を向けられて目をパチクリした。

「俺の方が若いし、顔もいいし、スタイルだっていいし。そもそも、なんで八雲っちの事が好きになったわけ?」

坂口が颯太に向かって言った。

「沖縄で・・・あの時、マリンスポーツやった後、みんなで先生の事を海に落とした時にさ、怒ると思ったら、先生全然怒らなくて、優しいなあって。しかも、その時に泳いだの見たら、かっこいいなあって。」

か、可愛い、可愛すぎるだろ。颯太はちょっと照れながら話して、下を向いてしまった。

「そりゃあね、八雲っちが優しいのは知ってるよ。だけど、あの時怒らなかったのは、得意な泳ぎを見せびらかしたかったからじゃないのか?颯太、騙されてるよ、絶対。」

しかし坂口は容赦ない。いやいや、俺は見せびらかしたいほど泳ぎが得意ではないぞ。

「確かに、八雲っちは良い先生だよ。人としては俺だって好きだよ。それは認めるけどさ、恋愛対象としてはどうなのよ。よく考えた方がいいよ。」

まくしたてる坂口を、俺は思わず抱きしめた。

「ぎゃっ。何すんだよ!」

「坂口、お前もいい奴だなあ。これまでつらかっただろう。自分が一番じゃないと分かっていて颯太とつき合っていたのは。」

ジタバタしていた坂口が、ふっと力を抜いた。俺は背中をポンポンしてやって、腕を放した。

「・・・だから嫌だよ。これだから。」

坂口が独り言みたいな事を呟いた。颯太はベンチに座っていたが、立ち上がって俺の背中にしがみついた。

「ずるいよ。俺にもハグしてよ。」

思わず破顔。お前には、これからいっぱいしてやるから、と思っても、坂口の前では言えまい。

「分かったよ。」

坂口が口を開いた。

「分かった。颯太の事は諦めるよ。颯太、今までサンキューな。だからさ、最後にもう一回、キスさせてよ。」

「ダメー。」

「いいじゃん、減るもんじゃなし。」

「あ、セクハラ発言。」

二人が言い合っている。俺を挟んで。

「あれ?先生固まってない?」

坂口が面白がって言う。

「先生、どうしたの?」

背中にくっついていた颯太が俺の顔を覗き込む。キス?最後にもう一回?もう一回?今まで何回したんだい・・・?

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