第7話 体育祭
わが晴明高校の体育祭は、学年ごとにクラス対抗戦を戦い、大いに盛り上がるイベントである。俺が2年前まで受け持っていた特進クラスが、2年生3年生と連続で学年優勝したこともあって、今年の特進クラスも優勝を狙っている。スポーツ推薦で入った生徒ばかり集まっている体育クラスというのがある中で、特進クラスが優勝するのは普通に考えたら難しい。足の速さやパワーではかなわないので、各競技において綿密に作戦を立て、リレーではバトンの受け渡しの練習を何度も何度も重ね、体育祭の日を迎えたのであった。
優勝は、綱引き、大繩跳び、各レース(障害物競争やパン食い競争など)、リレー、騎馬戦の総合得点で決まる。今日は朝から晴天。そして、今日も颯太は麗しい!
俺は写真や動画を撮りまくっていた。保護者会の時に上映するためだ。なるべく全員偏りなく映すように心がける。どの生徒もいい顔をしている。そして・・・颯太も笑顔だ。可愛い。俺の私物カメラなんだから、颯太の写真が多めでも大丈夫だよな?いや、今カメラを人に見られたらどうなる?ここは、ちょっと我慢か。泣。
颯太はクラス対抗リレーの選手だ。リレーの選手は4人。足の速い生徒が自ら立候補して選手になった。颯太は今は文化部だが、中学時代はサッカー部だったそうで、足が速い。ここのところ、4人で毎日バトン練習をしていたし、他のクラスに勝てるという自信を持っているようだった。
綱引きは真ん中より下位だったが、大縄跳びは練習の甲斐あって2位だった。各レースはそれぞれで、いよいよリレーの番になった。颯太は第3走者だ。
「頑張れよ!ホイ、ホイ、ホイ、ホイ!」
俺はこれから入場していくリレー選手たちに声をかけ、4人とハイタッチした。みんな緊張しているようで表情が硬い。
「リラックスしていけ!」
後ろから声をかけたが、彼らに届いたかどうか。
「位置について、ようい。」
パン!
第一走者が走り出した。校庭を一周ずつ走る。お、2位だ。まずまずの出だしだ。そして第2走者へ。さすが!バトンの受け渡しがスムーズで、一気に1位に躍り出た。
「いいぞ、いけー!」
俺は我を忘れて応援した。三脚を使って動画を撮影しながら。そして第3走者の颯太へ。やはりバトンの受け渡しがよく、1位をキープしている。けれども2位のクラスの第3走者がとても足が速く、カーブのところで抜きにかかってきた。そうとう二人が接近している。頑張れ颯太、逃げ切ってくれ!
あ!ああ、なんと!颯太が転倒してしまった!抜いて行った生徒と足が接触したに違いない。けれども抜いた方は転倒せずにそのまま走り去った。俺はカメラもそのままに、颯太の方へ走り出した。
「颯太ぁ!大丈夫かー!」
と大声で叫びながら。
だが、颯太は自力で立ち上がった。俺は走者の邪魔になってしまうといけないので、颯太の所へ行くのを中断した。
「颯太、颯太!」
俺は我も忘れて彼の名を呼ぶが、その声は大歓声にかき消された。颯太は立ち上がったものの、他のクラスの走者にもとっくに抜かれてしまった。颯太は足を引きずりながら必死に走り、第4走者にバトンを何とか渡した。なので棄権にはならなかったものの、リレーは最下位になってしまった。
リレー競技が終わり、選手が退場してきた。俺は退場門のところで彼らを迎えた。颯太は少し泣いているようだ。クラスメート二人に肩を借りて片足けんけんで戻ってきた。
「颯太、大丈夫か?救護テントに行こう。」
俺がそう言うと、
「このまま連れて行ってやるよ。」
クラスメートが言って、肩を貸したまま救護テントへ向かった。クラスメートは颯太を送り届けると、自分たちの席の方へ戻って行った。テントの裏にいくつか椅子があり、そこに颯太は座り、養護教諭の先生に湿布をしてもらった。
「先生、ごめん。」
颯太が急に俺にそう言った。
「お前は悪くないだろ。」
俺が努めて優しく言うと、颯太は唇を噛んだ。
「あんなに練習したのに。俺が転ばなきゃ1位になれたのに。そしたら、優勝出来ただろうし。みんなにどんな顔して会えばいいのか分かんないよ。」
颯太は涙声になりながらそう言った。
ああ!抱きしめたい!可哀そうに。そして何て愛らしい。衝動に駆られて足がじりっと砂利を動かした。しかしダメだ。抱きしめたりしたら、颯太に嫌がられる。周りからも変に思われる。俺は先生だ。先生らしく、こういう時は・・・。
俺はしゃがんで、颯太の顔を下から見上げた。そして頭に手を置く。
「颯太、お前は頑張っただろ。わざと負けたわけじゃない。でも、気になるんだったら、みんなにも謝ったらどうだ?早めに謝っちゃえよ。そうしたら楽になるぞ。」
颯太は少し考えていた。その間に涙も引いたようだ。そして俺の顔を見た。
「分かった。今謝りに行く。」
颯太がそう言ったので、俺は立ち上がった。すると、颯太は俺の事を上目遣いで見上げ、何か言いたげだ。俺は顔に「?」を描いて聞き返すような仕草をした。すると、
「あの、さ。先生・・・一緒に、行ってくんない?」
颯太は上目遣いのまま、目をぱちぱちさせた。
くー!なんなんだ!今日の颯太は何て可愛いんだ!もちろん行くさ。お前の為だったらたとえ地獄の果てまでだって一緒に行ってやるさ。・・・涙出そう。
俺は無言でうんうんと頷いた。そして颯太に握手をするように手を差し出した。颯太はその手を掴んで片足で立ち上がった。もしや、二人で歩くという事は、肩を貸してやるということか?ま、マジか!そんないい事しちゃっていいのか?!にやけ顔が止まらない。いや、教師の威厳を保て、俺!
颯太は俺の肩に腕を回し、俺は颯太の腰に腕を回した。颯太の髪の毛が俺の頬に触れている。その部分の頬が熱い。胸が震えて鼓動が耳に響く。周りが騒がしくて良かった。静かだったら颯太にも聞こえてしまいそうだ。そして俺と颯太は、クラスの応援席へ行った。颯太は俺の肩に腕を回したまま、みんなの前に立った。みな思い思いの方を向いて座っていたのだが、颯太が来たのでばっとこちらを向いた。
「颯太、足大丈夫か?」
何人かが口々に言う。
「あの、みんなごめん。俺が転んだせいで、リレー、ビリになっちゃって。」
颯太はそう言って、頭を下げた。
「颯太のせいじゃないじゃんか。」
「そうだよ、転ばされたんじゃん。」
クラスメートはまた口々に言う。
「でも、あんなにバトンの練習したのに・・・。他のみんなだって、練習いっぱいして、優勝目指してたのに。」
颯太がまた泣きそうな声を出したので、俺は軽く背中をポンポンした。
「何言ってんだよ、まだ終わってないぜ。これから騎馬戦があるだろ!」
「そうだぞ!」
「優勝できなくてもいいから、騎馬戦は勝とうぜ!」
「おう!」
クラスメートは口々に言って、そして颯太を俺から奪い、みんなで颯太を抱きしめた。颯太は嬉しそうだ。良かった良かった。もう、俺を頼ってくれないどころか、一瞥も振り返ってはくれないけれど。トホホ。
騎馬戦は3位だった。優勝は逃したけれど、体育クラスを押さえて総合3位だった。10クラスあるうちの3位なのだからなかなかの健闘ぶりだ。特進クラスの団結力がまた上がったな。
あ!ビデオカメラ忘れてた!騎馬戦では写真を撮ったけれど、リレーの時のままビデオカメラを止めるのを忘れていた。
ビデオカメラを回収し、家に帰ってから見てみたところ、なんと颯太がみんなに謝っているところも遠くに映っていた。俺が肩を貸して立っている姿が!拡大してスクリーンショットして、自宅のパソコンの壁紙にしよう。
ああ、颯太と触れた体の部分が熱い気がする。頬だけでなく、肩、胸、腰、腕。手のひら。一番熱いのは顔。鼻、おでこ。ん?俺は鏡を見た。顔が真っ赤だった。これ、日焼けか!
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