第6話 三者面談

 待ちに待った三者面談の季節!って、待っているわけがないではないか。教師にとってはけっこうプレッシャーの大きい仕事の一つである三者面談。親御さんにもいろいろなタイプがあって、大きく分けると、進路の事などに積極的、というより必死なタイプと、息子に任せているからとノータッチなタイプ。もっと細かく分けると、積極的に息子の様子をガツガツ聞いてくるタイプ、息子にしゃべらせないでひたすら教師に質問してくるタイプ、こちらが何か言うとその都度息子にガミガミ叱り出すタイプや、黙っていてほとんど何も話さないタイプ、「息子に任せてるんで。」を繰り返すタイプ。それに加えて、お父さんが来る人、お母さんが来る人、両親で来る人。意外に当日になってみないとメンバーすら分からない。開けてみないと何が出てくるか分からないものなのだ。

 1年生の時に受け持っていた生徒は、親御さんも面談3回目なので対処の仕方はだいたい分かっている。しかし2年生から受け持った生徒は、親御さんの顔すら分からない場合がほとんどだった。保護者会は1,2組合同で行うが、席も自由だし、親御さんからの発言もあまりないので把握していない。つまり、颯太の親御さんの事はまだ認識したことがないのだ。

 今日、とうとう颯太の番がやってきた。前の生徒の面談が終わりに近づいた頃、廊下で待っているであろう颯太と親御さんの事を考えると胸がドキドキして仕方がなかった。そして、教室のドアを開け、前の生徒とお母さんを見送り、廊下に出してあった椅子に座っている女性を見て、愕然とした。

 颯太にそっくり!可愛い・・・というには少し無理があるが、雰囲気がそっくりだ。特に目が似ている。そんな目が4つ並んでいると、俺は動けなくなる、と思ったが、そんな場合ではない。

「池田さん、お待たせしました。どうぞ。」

俺は真面目くさった顔で中へ促した。そうだ、チャラチャラした頼りない若造だと思われてはいけない。デレデレしていないで、びしっと決めなければ。

「颯太君の学校での様子ですが・・・」

俺はつつがなく、面談を始めた。が、顔を上げると赤面しそうなので、颯太の成績などの資料に目を落としながら、仏頂面でしゃべり続けた。

「国立の大学を目指すなら、この点数ではだめですね。颯太君は、数学の力はあるのですが、計算ミスが多いです。国語にしても、漢字が合っているのか間違えているのか、字が雑で分からない。だからバツにするしかないんです。いいか颯太、そういう雑な性格をしていると、点数を取れなくて損をするぞ。計算ミスだって、計算途中の自分で書いた数字を見間違えてミスしている事が多い、と岸谷先生から聞いているぞ。どの教科だって、問題を丁寧に読めばもっと点数が取れるんだ。そういうお前の雑な性格が、全体的に点数を落としているんだよ。」

俺は、颯太の事を思って、ちょっと厳しい事を言ったのだが、ちらっと二人を見ると、颯太は普通の顔をしているが、お母さんの方が!さっきまでのにこやかな可愛らしい表情とは打って変わって、眉間にしわを寄せ、肩を落としているではないか。これは、ちょっと言いすぎたのではないか。颯太の性格を否定したのがまずかったか?

「いや、俺は颯太の事好きだけどさ。点数を取るにはね。」

と、俺がフォローのつもりで言うと、お母さんがぱっと視線を上げた。颯太はちらっと俺の目を見た。

 はっ!俺は何を言っているんだ?颯太の事が好き?好きって、告白してしまったのか?いやいや、他の生徒に対しても言ったりする。うん、するのだ。が、俺は確実に赤面した。そして、それをごまかすために下を向き、資料をめくった。

「お母さん、何か質問はありますか?勉強の事でも、他の事でも。」

努めて冷静に言った。けれど、内心はひやひやだった。もし、颯太の事が好きなんですか?どういう風に好きなんですか?なんて聞かれたらどうしようかと。けれども、

「いえ、学校を信頼していますし、颯太に全て任せていますから。」

お母さんはそう言ってニコッと笑った。ノータッチタイプだが、ただ興味がない、分からないという感じではなく、息子を信じて、敢えて干渉しないというスタンスのようだ。素敵なお母さんだな、と思った。変な意味ではなく。颯太に魅かれるのも、このお母さんが育てたからかも、なんて思ったらお母さんもちょっと愛しく感じる。

 と、見とれていてはいけない。

「颯太は、もっと字を丁寧に書くように。テストの時だけじゃなくて、普段のノートからだぞ。それから、問題も丁寧に読む。いいな。」

俺がそう言って颯太を見ると、

「はい。」

と、しれっとした顔で返事をした。そしてお母さんの方を見ると、ああ、またもや眉間にしわを寄せ、視線を落としてしまった。さっきのニコッと笑った可愛らしいお顔はどこへやら。一気に十も更けたようにお成りで。

 そのまま二人は教室を出た。なんか、やってしまった気がする。初対面は完全に失敗した。颯太のお母さんには間違いなく嫌われたと思う。そもそも赤面を隠すためにこちらもずっと仏頂面だったし。俺は2人が出た後、肩を落とした。まだ次の生徒が来ていなかったので、俺は教室の椅子に戻り、がっくりと座った。

 しかし、「俺は颯太の事が好きだけどさ」と言った時の颯太の顔を思い出すと、なんだかくすぐったいような気持になった。嫌そうな顔ではなかった。どちらかと言うと嬉しそうな顔、だったような・・・。ああ、はっきりと「お前の事が好きだ!」と言えたらどんなにいいか。そして、嫌われてもいいから強引に抱きしめることが出来たなら・・・いや、たとえ相手が生徒でなくても、それは出来ない気がした。俺にはそんな勇気はない。

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