第6話 戊辰戦争



どこの国でもそうであるが一口に「戦争を行う」と言うがスポットライトが当たるのはいつでも派手な戦闘行為の部分だけであり実際には以下のプロセスと準備があってできる国家事業であることが知られていない。

1 戦争(和平)への向けた外交

2 戦争へ向けた国民への通達、議会、経済界の了承、天皇の裁可

3 将兵の軍事教育

4 敵を撃破するための大戦略(そのための情報収集)

5 大戦略に基づく戦術

6 戦術に基づく戦闘(平地戦、攻城戦、篭城戦)

7 戦闘を支える弾薬・食料・医薬品などの兵站

8 戦闘を支えるインフラ整備(船舶、道路、鉄道、水道、通信)

9 外地から帰国した将兵の検疫

10 終戦交渉

11 占領地の統治・行政システムの構築(行政人材の登用)

上記のようにこのひとつでも欠けると戦争そのものが行き詰まってしまうのである。そのために国家はそのそれぞれの専門家を登用して任に就かせるわけである。

しかし源太郎はおそらく日本の近代史の中でもこの全てをたった一人でやってのけることができる「オールラウンド・プレーヤー」であった。

野球で例えるとピッチャー、キャッチャー、内野、外野をすべて一人でこなすほどの離れ業である。

しかも驚くべきことに彼が受けてきた教育らしいものは13歳から4年間の徳山藩校・興譲館での教育。17歳に入隊した大阪兵学寮での短期間の軍事教育くらいのもので将校や政治家に必要な専門高等教育は皆無であった。

おそらく源太郎が心労で日露戦争後に急死しなかったら間違いなく総理大臣になっていたであろうと言われる理由がここにある。

事実日露戦争後には元老であった伊藤博文の頭の中には児玉内閣の構想があったが源太郎の急死によって夢と終わってしまった。もしその夢が叶っていたならば各現場の実戦経験によって彼の先を見る目や本質を瞬時につかむ能力はまさしく一国の元首という任務をもやすやすとこなし得たであろう。

本書ではなぜ専門高等教育を受けなかった源太郎が類まれに見る「オールラウンド・プレーヤー」に成り得たかについて順を追って考えてみたい。


徳山藩校・興譲館で4年間文武の勉学に励んだ源太郎は17歳になった年の8月、生まれて始めて長州から出て実際の戦場にて戦闘を経験することになる。


源太郎の初陣は戊辰戦争の末期の函館戦争であった。旧幕府軍は本州の各拠点はすでに敗れ去り、最後に北海道を独立国家にしようと目論む榎本武明を総裁とした新撰組の土方歳三率いる軍勢が残るのみであった。源太郎は官軍としての立場で討伐隊を指揮して函館の五稜郭で戦った。

この戦い自体はすでに奥州、会津、庄内が落ち「負け戦さ」が濃厚な雰囲気に包まれており戦争そのものの帰趨はすでについていた。

そのため戦闘で大切な士気も低下しており、いかに勇将土方が鼓舞しようが残敵掃討戦のイメージは拭えない。


徳山藩の官軍部隊は17歳から40歳までの藩士とその子弟で構成された。

「献功隊」と命名されたこの部隊は160名ほどで源太郎はその中の小隊長を任されたのである。

彼は部隊を率いて五稜郭に通じる道中で両軍が衝突した「大川口の戦い」でみごとに初陣を飾ったとされているがこのときは抜きん出た武功はなく戦闘に勝つには勝ったがまだその武勇を世に知らしめるまでにはいかなかった。

この「大川口の戦い」の後に函館五稜郭を新政府軍が包囲してわずか2日間の戦闘で土方隊長は戦死、榎本総帥は官軍の総大将黒田清隆(後の第2代目 総理大臣)の勧めで投降するのであったが旧幕府軍約2000名が守る近代要塞を攻める攻城戦を経験したことがのちの旅順要塞戦でも生かされるのであった。


五稜郭の戦いに勝利した後に東京に戻った「献功隊」は即時解散の後にすみやかに長州への帰還を命じられるのであるがこのときに源太郎はフランス式歩兵練習生として交友が深かった寺内正毅と乃木希典を含む約100名の隊員とともに東京に残留することになる。 その後大村益次郎の提案によって大阪・玉造に作られた「兵学寮」という養成所に移動することになり、ここで初めて西洋式の軍事教育を正式に受けることになったのでった。

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