どうせ弓の腕も、大したことはないのじゃろ

 崇徳上皇は上座の御簾みすの奥におわし、お姿は見えない。

 その両脇に偉い方々が座っている。ずらりと多数の人々が身分の順に並び、父、六条判官為義は縁側に近い、ほぼ末席に居た。そしてオレは……縁側下の地べたに平伏。


「左大臣様。これに控えし者が、我がせがれの八郎為朝にございまする」

 父が声を張り、御簾のすぐ脇に座る人物にそう伝える。


(なるほど、円空師匠の言うとった通りやな。あの人に向かって喋ればええんや……)

 参内を前にして父から仕入れた情報では、どうやらあの人物が左大臣藤原頼長らしい。それこそ次男義賢さんがシリで仕えし御方……である。


「八郎為朝はこの正月に元服したばかりでございまして、まだ礼も作法も知らぬ若造にございます。多少の無作法は平にご容赦願いまする」

 父の奏上に合わせ、オレも上座に向かい頭を下げた。


「噂通りの大男じゃな。どれ、おもてを上げよ」

 左大臣頼長の言葉に、オレは作法通り、ははっ、と平伏。再度顔を上げろと促されるが、それでも、

 ――畏れ多うございます。

 と、平伏する。実に面倒臭い。三度みたび促され、漸く半分だけ顔を上げた。勿論、上皇や左大臣らを直視することは、失礼に当たるため許されない。


 この時、左大臣頼長と御簾を挟んで反対側に座っていた人物が、急に立ち上がるなりづかづかと縁側に出て来た。

 オレはわずかに顔を動かし、足音のする方をチラ見する。その人物は坊主頭に頭巾を被っていた。


(この人が噂の、少納言信西しんぜいさんか……)

 身内贔屓の激しい、俗物と聞いている。博識を武器に、大いに出世したが、なかなか自らの望む官職に就けないため、周囲の静止を無視し出家を宣言した。だから坊主頭である。ただし出家は単なるポーズに過ぎなかったようで、俗世にとどまり少納言を賜って現在に至る。


(なるほど噂通り、陰険なツラしてはるわ~)

 密かにそう思ったが、実際にムカつく男であった。いきなりオレに対し、

「なんじゃ。確かに体こそ大きいようじゃが、まだ色白のっぱではないか」

 と小馬鹿にしたような声をかけてきた。


 オレは一応謙遜し、

 ――恐れ入ります。

 と答えたが、なおも、

「賢そうなツラではないのう。どうせ弓の腕も、大したことはないのじゃろ。なあ、小童こわっぱよ」

 とケチを付けるのである。さすがにカチンときた。いかに身分差があるとはいえ、初対面の人間にそこまで言う理由は何なのか。――


「信西殿、左様な物言いをするものではない。……いや六条判官殿、立派な息子ではないか。これは将来が楽しみであるな」

 左大臣頼長がとりなすが、それでも信西は、

「それにしても噂とは実にアテにならぬものよ。当世第一の弓取りと言えば、やはり(平)清盛か(源)頼政であろうの。斯様かような小生意気な童っぱの出る幕ではないわ」

 と吐き捨てるように言った。


(ふ~ん……。つまり、知ったかぶりかよ)

 平清盛にしろ源頼政にしろ、どちらも信西と比較的親しい間柄である。しかし弓術に秀でているかどうかは大いに疑問で、日頃やかた内では噂にも上らない。信西は身近な武人を持ち上げオレをこき下ろすことによって、周囲に自己を顕示したいようである。


 オレはこういう「しょうもない男」が大嫌いである。早速やり返すことにした。


「その小童こわっぱの使う弓が、こちらでございます。腕利きの職人に特注した当世第一の強弓にございますれば、是非、お手に取ってご確認なさいませ」

 オレは片膝をつき、弓をうやうやしく縁側の信西に差し出した。


 わははは、ザマぁ見ろ。信西はあれ程オレをこき下ろした以上、素直に弓を受け取って触ってみるしかあるまい。――


 はたして信西は渋々オレの弓を受け取り、構えてつるを引いてみた。案の定、弦はびくともしなかった。周囲から失笑が漏れ、信西は赤面した。

せがれ、八郎為朝の弓は五人力の強弓ゆえ、我が一族郎党の誰一人として扱えませぬ」

 という父のひと言が、信西に追い打ちをかけた。


 当世の武士の優劣など知るべくもないのに、訳知り顔で論評などするからいけない。しかし当の信西は人前で恥をかかされたと逆ギレし、

式成のりしげっ、則員のりかずっ。これへ参れ!!」

 と大声を上げた。


 即座に二人の男がやって来て縁の下に控えた。どちらも名のある瀧口の武士である。

 信西が二人に何やら耳打ちすると、早速彼らは弓のまとを用意し、内庭の外れに掲げた。稽古場の的の、二倍近い距離である。


「ほれ、小童。足下そこもとの腕前を崇徳院様にとくと披露せよ。さあはよう……」

 信西はオレに、底意地悪い笑みを投げかける。


 されば……、とオレは御簾の方に一礼して立ち上がり、立て続けに三本の矢を速射した。二本はピタリと並んで的のど真ん中にずばりと刺さった。三本目は行き場を失い、先発二本を正確にぶち抜きへし折った。


「ほぉ~っ!!」

 たちまち広間に大きなどよめきが沸き起こった。

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