#3 番犬の苦悩

魔法は魔物の姿を脆弱な物に変える力だ。


その力は人間を生態系の頂点に至らしめた。


天辺を人間に奪われた魔人の地位は底辺に落ちた。


支配者が魔人から人間に変わろうとも社会の仕組みに大きな違いはない。


魔の力で人間を隷属させた魔人。


魔法の力で魔人を隷属させた上位者が魔法を独占し、下位の人々を支配した人間。


支配者が変わっただけだ。


そして、魔法の原典が壊れた今、再び魔人が支配者になった――とは成らなかった。


今と昔では状況が異なる。



昔、魔人が世界を支配してた頃、魔導士が魔導を習得する前に殺されていたが、数世紀続いた魔法社会が力ある魔導士を育てた。


魔女を従える魔導士が魔人の独占を許さず、今の情勢は魔導士と魔人で世界を二分している。


魔人という人間の敵を持つ魔導士は同盟を結んだが、魔人たちは同盟を好まない。


魔人は他の魔人を同種と見なしていない場合が多い。


それでも危機的な状況に成れば、生きる為に結ぶ可能性は有るが。



魔人の姿は多様だ。


人間に近しい者も居れば、四足、六足、足が無い者も居る。


姿から同一視する事が出来ない点で魔導士たちとは異なる。


『全身に毛が生え額に眼がある狼の顔をした人間の様な魔人』という俺は比較的、人間に近いが、それでも近いだけ、だ。


人間とは異なる。


骨に纏わりついて、まだ生きていた頃の姿を模倣する、粘液魔すらいむの様な魔人は魔人の中でも特異な存在だ。


大抵は生物の様な姿なんだから。



魔法が世界を支配した社会で、人間に味方した魔人は魔法に屈した者たちだ――と考える魔人は多かった。


昔の俺もそう考えていた――が、隼人とは異なる関係を築けていた……そう思う。


魔法が無ければ、それは魔人なら誰しも、一度は考える事だ。


俺もそう考えていた。


支配されている――その認識は魔法や支配者を敵視する原因に成っていたと思う。


そんな中、例外的な支配者が現れた。


それが隼人だった。


魔法が魔人から、否、魔人に限らず人間の人権すら奪っている、それが隼人の考えだった。


魔法の使い手、それは支配者層であり、魔法を使えぬ者は支配される側だ。


そこには継承できたか、出来なかったか、という境界線がある、と隼人は言っていた。


魔法を持つ者は家の後継者に魔法を継承していた。


それは先天的に支配者が決められる、と言う事だった。


どんなに努力しようとも、長子でなければ、その権利を自力で得る事は難しい。


それこそ、長子が死なない限りは……。


隼人は次男だった。


産まれた時から継承する予定では無かった。


あくまで長男の予備でしかない。


隼人は、兄が魔法を継承し、自身が不要に成る時を見越し、自らの価値を欲して、勉学に励んでいたらしい。


そして、隼人は魔法を継承する事を望まなくなったそうだ。


だが、生きていて欲しい兄が死んだそうだ。


自ら選択する未来を奪われた隼人は魔法を継承する事に成った。


望まぬ継承でありながら、周囲からは『魔法を継承したくて、兄を排除したのではないか?』などと邪推されていた。


当時の俺は『そう言われるのは当然だ』と受けれいていた隼人から、何処か諦めを感じていた。


魔法の継承者、それは選択の自由を狭めた。


将来の役職、結婚相手、様々な事柄を。


最初は、求められた事を受け入れる隼人は苦しんでいない、と思っていた。


それが間違いだと気付いたのは、隼人が継承した魔人に対する扱い方からだ。


隼人は可能な限り、俺たちに選択を自由を与えていた。


それは、きっと、自分が奪われたから、だと思う。


嫌いな事の逆を、それは隼人なりの復讐なのかもしれない。


道具として扱われてきた俺は、隼人から心を認められ、その心を許すようになった。


そして、気付いた。


隼人が苦しんでいる事を。


そのきっかけは咲夜だったが……。



立場を弁えず、強引に隼人と交流し続けた咲夜は、魔法に怯え、従っていた隼人に憧れを抱かせたんだと思う。


社会に従わない愚かな咲夜に隼人は魅了されていた。


咲夜が隼人を救ってくれる――俺はそう思っていた。


だが、それは勘違いだった。


咲夜は、隼人を裏切った。


咲夜の目的は、魔法だったんだから。


そんな事に気付けなかった俺は、気付きたくなかったのかも知れない。


咲夜は隼人を救ってくれる、そう信じたかったのかも知れない。



そして、裏切られた後、助けられたから、俺に好意的だから、と言って、咲夜を受け入れた隼人。


それをどう捉えれば良いのか分からない。


味方に引き入れたい? まだ愛している? それとも、脅されている?


分からない。


隼人が咲夜を愛し続けている、その可能性はある――かもしれないが、そんな可能性信じたくない。


一度、咲夜は隼人を裏切ったんだから。


また、隼人を利用しようとしている――かも知れない。


それは阻止しなければいけない。


それでも、俺は咲夜を受け入れた隼人の判断に抗い難い。


それが惚れた弱みだから。


【おわり】

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