第42話:平成芙蓉会のハワイ旅行
その後、今年の旅行の計画を2008年6月12日からののハワイ4泊6日の旅行は、38人の応募が決まり、受付を締め切った。2008年7月のはシアトルと、バンクーバー4泊6日の旅行で現在参加予定者数33名で現在も受付中。2008年9月は、オーストラリア・ケアンズ4泊6日、旅行で現在参加予定者数38名で現在も受付中。11月のラスベガスの買い物4泊6日の旅行で現在参加予定者数23名で現在も受付中。2009年1月、2月はグアム4泊6日旅行も予定されていて7月以降の募集の予定と説明した。
そうして、質疑応答をして、11時に解散して、昼食会と、その後、カラオケ、麻雀、散歩・ショッピングに別れて、楽しむことになり、石津健之助は、麻雀に、奥さんは、カラオケ・サークルに出かけていった。その後、2008年6月12日を迎えて、ハワイ・ホノルル旅行に出かけると、平成芙蓉会のメンバーと、その家族や、友人など、メンバーだけでないのを見て、できるだけ、平成芙蓉会のメンバーになって下さいねと、石津健之助が、笑いながら言うと、強制ではないですよねと、聞かれ、もちろんです、ただ、楽しいと感じて、メンバーになってくれたらありがたいなと言う、会長の希望を言ったまでですと、気楽に話した。
今回は、若い人が多いのが、特徴的だった。もちろん、看護婦の奥さんも同行して参加したが、3日目の夜12時過ぎに、参加したメンバー5人の20歳代のグループが飲み過ぎて、体調を崩したと連絡が入り、宿泊してるホテルに石津夫妻が行くと、部屋で数人が、トイレではいて、苦しがっていた。そこで、比較的症状の軽い人には、石津健之助が、生理食塩水をゆっくり飲ませ、ベッドに寝るように指示した。
2人が、ちょっと思いので、メディカルセンターに連絡すると、救急を受けると言われ、救急車を要請した。そして、石津夫妻が、平成芙蓉会のメンバーの助けを要請して3人に部屋に来てもらい、救急車に乗った2人とメディカルセンターへ行き、点滴注射をしてもらい、2時間くらいして、体調が回復して、タクシーで、午前4時にホテルに戻った。支払いを、石津三千子のクレジットカードで支払った。
翌朝、支払金額の明細を、救急処置を受けた2人に見せると、驚いていた。2人で10万円、1人当たり5万円と書いてあり、それを見て、嘘だろと、言うのを聞いて、石津三千子が、冷静に、まだ安いわよ、以前、メディカルセンター運ばれた患者さんは3日の入院と処置で100万円以上の請求が来たと話した。アメリカには、公的な医療保険がなくて、医者の技術料に上限はないのよというと、驚いていた。自分達が、蒔いた種でしょ、自分達で支払うのは当たり前ですと、石津三千子が強い口調で言い、この請求金額には、私たちの日当も、付き添い料金も全く入ってません。
日本では、人助けは、無料が当たり前ですが、アメリカでは、当たりまえではないのです、支払うのが当たり前なのですと、お説教して、それが嫌なら、さっさと帰る事ねと、言い切った。すると、メンバーの中の1人が、すみません。僕らのせいで、みんなに迷惑かけてと言うと、全員が旬として頭を下げて、明日から、大人として、マナーを守りますので、いさせて下さいと言い、かかった費用は、必ず、後日、支払いますと言った。そうして、この騒動で、石津夫妻と、3人のメンバーが徹夜するはめに、なってしまった。その後、大きな問題もなく、2008年5月19日にハワイ旅行を終えて、日本に戻ってきた。
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