探偵は、魔法を使わない
半社会人
老人は、魔法を使わない
2X世紀のロンドンは、再び大英帝国の中心として輝いていた。
かつてヴィクトリア女王の下で繁栄を欲しいがままにした大英帝国は、産業革命によってその力を得たわけだが、2X世紀はご存じの通り魔法の世紀である。
よって、科学の国であったイギリスは、今度は魔法の技術を誇ることによって、再びアメリカを追い抜き、世界の中心として躍り出たわけだった。
蒸気の恩恵で電気を操り、火をくべた人々は、今度は魔法を欲しいがままに操り、自ら電気を放出し、火を燃やしていた。
人々の生活は科学革命以上に上昇し、その分生活も高度化した。
世界は一変したわけである。
そんな世界の中で、しかし変わらない存在もいるものだ。
それが、名探偵だった。
シャーロック・ホームズ。
あの偉大な名探偵の何十代も後の子孫である彼は、しかし魔法の世紀に適応しきれず、未だに19世紀的な価値観で持って事件解決にあたっていた。
「やあ、ホームズ。やっているか?」
「……何の用だ、レストレード」
午前10時。
閑古鳥の鳴く221Bの彼の部屋にやってきたのは、かのスコットランドヤードの警部、レストレードであった。
人々の生活も変われば、当然、人々が起こす事件も変わる。
警察の方も魔法を使える制度を十全に整え、高度化しすぎた事件に対処していた。
浮遊魔法を使って雪の密室を作った犯人や、透明魔法を使って殺人事件を行った犯人。
分身魔法を使って同時に三か所で銀行強盗をやらかした犯人や、ひそかに危険な魔術式を展開していた犯人などなど。
とにかく、旧式のやり方では対処しきれない犯人達が、ロンドンには跋扈していたのである。
そんな事件に対処するためには、警察も魔法を駆使する必要がある。
鑑識魔法を駆使してどんな魔法が使われたかを暴く彼等は、強化魔法を使用して武装をし、日夜犯人達と死闘を繰り広げていた。
レストレード警部もあの偉大に間抜けな先祖とは違い、上級の鑑識魔法を物にし、自身でいくつもの事件を解決していた。
つまるところ、もう彼等は名探偵をあまり必要としなかったのである。
それでもレストレードが時々ホームズの下にやってくるのは、偉大な先祖たちの関係を彷彿させるために他ならない。
要は腐れ縁なのだ。
ホームズはその上半身を起こすと不機嫌な顔をレストレードに見せて
「いったい何の用だ。レストレード」
「そう邪険にするなよ、ホームズ。今度も事件を持ってきてやったんだからな」
「『解決済み』のか?」
「まあまあ」
苦笑するレストレード。
ホームズはぶぜんとして
「まったく……すでに解決した事件を、単なる話の種にするためだけに警察がやってくるなんて知れたら、あの先祖様に顔向けできないな」
「楽しんでるくせに」
レストレードはソファに腰を勝手に沈めると
「今度も面白い事件を持ってきてやったんだから」
「……酒でも飲むか?」
そういってホームズは冷蔵庫まで這うようにして歩くと、この時代に冷却魔法でなく電気式のそれを開け、大きな瓶を取り出した。
注がれたそれをレストレードは嬉しそうに飲むと
「今度解決した事件なんだがな……厳密に言えば事件じゃないんだ」
「?なんだそりゃ」
眉をひそめるホームズ。
レストレードは薄く笑って
「事件性はなにもなかった。ただ、不可解なことがあってな」
「……聞かせてくれ」
悔しくも好奇心を呼び起こされたホームズは、足を組むと、ソファの背に体を預け、目を閉じた。
レストレードは再び酒を呷ると
「この時代にだ、ホームズ。一切魔法を使わずに生活していた老人がいたんだ。だが、その住居を鑑識魔法で調べてみたところ、明らかに魔法を使った痕跡があった」
レストレードは一息つくと
「この矛盾、どう思う?」
と満面の笑みで聞いた。
※※※※※※※※※※
「一切魔法を使わない……っていうのは、どういう意味だ」
そう言ってホームズはテーブルの下に置いていた丸い人工的な機械を取り出すと
「これだって魔法だぞ。火力魔法のマナを溜めて、この機械に込めたおかげて、かつての暖房器具の役割を果たしてくれている」
「そういう自身の魔法を使わない魔法器具……それすらも使わないのが、死んだ男性――80歳の老人の信条だったんだ」
「それはまた何で?」
「彼はな、21世紀がすきだったらしい」
「はあ?」
「21世紀の科学絶頂期。そんな時代にノーベル賞を受賞したのがご先祖さまだったらしい。その誉れが捨てきれなかったんだな。科学が軽んじられている現代に反逆をしようと、魔法を一切使わずに、わざわざ科学の徒として暮らしていたらしい」
「それはまるで……」
「そう。科学の徒であったお前達名探偵みたいだろ?お前だって、今も自分の魔法を使わずに……」
「俺は使わないんじゃない。『使えないんだ』」
ホームズはふんと鼻を鳴らした。
そう。この魔法の世紀においても、誰もが魔法を使いこなせるわけではない。
個々の魔力量はあらかじめきまっているのだ。
残念ながら、というか、科学を使いこなす探偵としての性というべきなのか、ホームズ家は代々魔力を備えていなかった。
それだからこそ、いくら鋭い知性を持っていても、魔法の世紀においては、中々活躍の機会がなかったわけである。
レストレードは笑って
「すまないすまない。」
体を揺すって笑う警部をホームズはねめつけて
「いいから話を先に進めろ。……その化石みたいな爺さんは、魔法を使えなかったのか?」
「いいや、鑑識の報告によると、魔力を使う元であるマナ自体は持っていたらしい」
「となると、自分から進んで使わなくなったと」
「その通り」
レストレードは頷いて
「その老人は……近所でも変わり者で有名だった。科学のすばらしさを喧伝し、決して魔法を使おうとはしなかった。電気も科学で起こし、火も科学で焚いた。」
「……それなのに」
「そう。それなのに」
レストレードはホームズに調子を合わせて
「実は彼は魔法を使っていたんだ」
「……どういうことだ?」
「順を追って話そう」
と警部は慎重な口調になって
「まず、老人は死んだ。近所の者が尋ねていったのに、応答がなかったことから発覚したんだ。……そして――恐らく寿命だろうということで警察も処理しかけていたんだが、一応の手順として、魔法が殺人に使われていないか調べることにした。そして鑑識魔法を駆使したところ、なんと、魔法が使われた形跡があったんだ。魔紋(※それぞれの魔法の使用者を特定するための指紋のようなもの)を調べたところ、その老人の者に間違いなかった。」
警部は肩をすくめて
「さて、ここで奇妙な謎が生じたことになった。一切魔法を使わなかった老人。しかし彼の死後調べたところ魔法が使われた形跡があった。……これはいったいどういうことか?」
警部はホームズを見つめて
「分かるか?ホームズ?」
「ふむ……」
ホームズは顎を手でさすった。
※※※※※※※※※※
「死因が自殺だったということは?魔法を自殺に使ったんだ」
「それはなかった。完全な自然死だったよ」
「なら、老人は夢遊病の気があって、魔法を夜中に頻繁に使っていた」
「そんな滅茶苦茶な魔法が使われた気配はなかった」
「……なら、こんな時代だ。防犯魔法だけでもかけていたとか」
警部は首を振った。
「ちゃんと最新鋭の――という言い方も変だが――科学製のドアを使っていたよ」
それから、ホームズが仮説を出し、警部がそれを否定するということが続いた。
何杯酒が飲み交わされ、どれほどの時間が経った頃だろう。
どれほどの仮設が組み立てられ、どれほどそれが瓦解されたことだろう。
やがてホームズが何かを思いついたように
「……まさかとは思うが」
「ん?どうぞ」
「それは……治安魔法だったんじゃないか?」
「ほお」
警部が初めて驚いたように
「なんでそう思う?」
「治安魔法は、お前ら警察お得意の魔法だ。公共空間において、好き勝手に魔法を使われては堪らない。だから、上位魔法である治安魔法を結界のように張ることによって、それ以下の下位魔法を使えないようにするわけだ。」
「治安魔法に関してはその通りだな」
「そうだろう?」
「でも、なぜ老人がその魔法を使ったと思うんだ?」
「魔法を『使わない』ためさ」
警部は眉をぴくりとさせて
「ほお……」
「分かりきったことだ」ホームズは肩をすくめて「お前ら魔法を使える人間は、ほんのささいなことで、言わば癖のように魔法を使ってしまうことがある。だが、その老人は、科学の徒として、そんなことは許せなかった。彼の信条からして、魔法を使ってはならなかったんだ。だから、『魔法を使わない』ために、彼は上位の『魔法』を使って、以後魔法を『使えない』ようにしたんだ。」
ホームズは酒を呷ると
「これが真相だ。」
とびしっと指をレストレードに突き付けた。
「……さすがだな」
と警部。
「当たってたか?」
「どんぴしゃだよ」
警部は楽しそうに
「老人は、魔法嫌いにして、相当強力な魔法使いだったんだ。」
「皮肉だな」
ホームズはどこか遠い目をして
「相当な逆説だ」
それから、魔法を使える警部と、使えない名探偵の二人は顔を見合わせると。
再び酒盛りを始めたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます