第18.5話 復讐者とシティサイクルの復活

 現実は、常に夢がない。ペットボトルロケットで自転車を加速させても、大した効果は生み出せない。そればかりか、スタートで立ち往生したうえに、後ろから来たMTBに踏み潰されて、挙句に失格扱いされたとあっては踏んだり蹴ったりのフルコースだ。

 実家に帰ってきたダークネス・ネロは、まだぶつけどころのない怒りを抱えたままだった。いや、むしろ家に帰ったことで怒りが膨らんだと言ってもいい。

「だから言ったでしょ。やめとけって。あんたは大して高い自転車も持ってないのに、レースに出るだなんて……ねぇ?」

 と、母に小言を繰り出されては、イライラは加速するばかりである。そもそも、自転車を理解しようともしない母に言われるのが嫌だった。

 さらに父も追い打ちをかける。

「これで分かっただろう。お前に特別な才能なんかない。諦めて、いい加減に就職したらどうだ?」

 正論である。だからこそ、ネロはさらに腹を立てる。

「……五月蠅い」

 ネロは小さく呟くと、自分の部屋に戻っていった。

(俺には才能がある。世界をひっくり返すほどの発明と、芸術と、工作の才能がな。お前らには分かるまい!)

 こうやって24歳ニート歴6年のネロは、現実逃避を繰り返す。

 部屋にはネット小説で一山当てようとしたときに買ったパソコンや、You-Tuberになろうとしたときに買ったビデオカメラなどが置いてある。

 ミュージシャンになろうとしてハードオフで買ったジャンクギター。漫画家を目指したときに買ったペンタブレット。ギャンブラーに憧れた時に買った麻雀セット。デイトレードの本。占星術の本。自己啓発本。その他……

 まさに夢の残骸と呼ぶしかないガラクタを、所狭しと重ねた部屋。それは10年以上も中二病を拗らせて完成させた、自分だけの世界だった。ダークネス・ネロ・ワールド。本当に闇が深い。


 ――コンコン


 部屋にノックの音が響く。

「……誰だ?」

 今は両親と話したくない気分であったため、ネロの声も必然として不機嫌になる。しかし訪ねてきたのは親ではなかった。

「お兄ちゃん。私」

「ああ、なんだ。麻梨か……待つがいい。いま開ける」

 無駄に尊大な態度をとって鍵を開けるネロ。その扉の前に立っていたのは、妹の麻梨だった。

 ネロの妹とは思えない程に、しっかりしてそうな大学生である。鎖骨に届くほどの長さの黒髪と、瞼が重そうな糸目が特徴だ。

「相変わらず散らかってるねー」

 麻梨は部屋の中に入ると、周辺を見渡してそう言った。まるで自分の部屋であるかのように、足の踏み場もない部屋を歩く。慣れたものだ。あっという間にベッドに到着すると、そのまま腰掛ける。

「……何か用か?」

 ネロが聞くと、麻梨は大きく伸びをした。

「お兄ちゃんが落ち込んでいるみたいだったから、様子を見に来ただけ」

「なら帰れ。俺は大丈夫だ」

「えー?そんなことないと思うよ」

 間延びした声で、しかし帰らないという意思表示だけはしっかりとして見せる麻梨。自分の部屋から持ってきたのであろうポテチを開けると、ネロに差し出してくる。

 ネロはその袋からポテチを2~3枚取り出すと、いっぺんに頬張った。

「なあ、麻梨……俺はどうしたらいい?」

「んー?」

 聞かれている意味が分からない。と言いたげに、麻梨は首をかしげる。

「……俺の……就職の話だ」

「あー、お父さんが言ってたこと?」

 麻梨は暢気な声で言うと、考えるように天井を見上げた。ネロは麻梨の隣に座る。

「そーだなー。お兄ちゃんは……」

 できれば、就職などしたくなかった。何の実績もなく、最終学歴も底辺高校卒業。その後の空白の6年間もあるわけで、雇ってもらえるところなど限られている。

(くそっ。俺の実力さえ証明できれば、今よりずっといい暮らしができるんだ。もちろん、両親にも麻梨にも、いい暮らしをさせてやれる。そのためには、チャリチャンに勝つ必要があったのに……)

 果たして前例のない自転車レースに優勝したところで、世間の目がどう変わるとも思えないのだが。

 しかしネロの数少ない希望は、空と茜によって砕かれてしまった。少なくともネロはそう思っている。自業自得とは考えない。

 それを察した麻梨は、ネロをすべて肯定する。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんはいつか偉大な人物になるもん。今は時代が追い付いてきてないけど、10年後は世界がひっくり返ると思う」

「ほ、本当か?」

「うん。ほんとー。だから、就職も焦らなくていいと思うよ」

 嘘である。麻梨にだって、自分の兄がどれだけ無能で、どれほど無謀か解っていた。ただ、兄を傷つけるのが怖いのである。

 それを理解しないネロは、心の底からの自信を得る。

「やはり、麻梨は優秀だな。この国で……いや、この世界で一番、人を見る目がある。俺の才能を見抜いたのはお前だけだ」

「うん。お兄ちゃんの事は、私が一番よく知ってるから」

 ぼんやり答えた麻梨を、ネロは抱きしめた。暖房がいらないくらいに温かくて、このまま抱いて寝たいくらいに柔らかい。ネロが唯一知る、人肌のぬくもりである。それが実の妹なのは幾分以上に問題だが。

「いつか、お前以外にも見せてやる。俺の隠された才能を……な」

「うん。お兄ちゃんは凄いよ。私だけが知っているから」

 微妙にかみ合わない会話。その根本的な想いはすれ違いながらも、表面上の気持ちは重なる。

 麻梨はこうして、どこまでも兄を甘やかす。だからこそ、ネロも甘えることに慣れてしまって、深い闇から抜けられない。

「ねえ。今度、私の自転車も整備してほしいな」

「ああ、任せろ。どうしたい?俺ならあの自転車を、最速のモンスターマシンにすることも出来るが……」

「ううん。普通でいいよ。普通がいい。私みたいに、普通の自転車」

「そうか……わかった。麻梨みたいな普通の女の子に似合う、普通の自転車にしてやろう」

 まあ、自転車の後ろにペットボトルロケットでも取りつけられたら、さすがに麻梨も恥ずかしくて外に出られないだろう。求めるべきはタイヤの空気圧点検とチェーンのサビ落としである。



『チャリチャンも既に4日目が終わろうとしていますねぇ。スタートが3日前の午後2:00ですから、もう81時間前って事になるんですねぇ。感慨深いですぅ。

 早い選手たちは、すでに新潟県の中腹にたどり着いています。大雪や砂浜の妨害の中、大健闘ですよぉ。現実味がないほどに……

 話は変わりますが、この時間になると、大体9割以上の選手が寝泊まりを行うんですよぉ。だから私の実況も内容に困り始めるんですぅ。

 まあ、不規則な生活の選手や、夜型の選手。そもそも寝ない選手などもいるんですけどね。それでも各選手の位置がバラバラなので順位変動も少ないし、人数も減るのでデッドヒートもないんですよぉ。

 なので、ここからは私ミス・リードが個人的に気になる選手を紹介していきますよぉ。まずはエントリーナンバー888 AKM47さん。順位はよくないですが、今後巻き返す可能性を秘めた人物ですねぇ』


 24時間体制で大会を実況している、ミスり速報。そのアプリ自体は誰にでも配布されている。そもそも動画共有サイトでもライブ配信しっぱなしなので、一般の人でも気軽に見ることができる。

 ただ、凸電機能を使えるのは選手だけである。リタイアや反則で失格になった選手からの凸電は繋がらない仕組みになっているので、あしからず。

 つまり、一日目で暴れに暴れて失格扱いになったネロには、使えない機能になってしまった。

「ねえ。もしお兄ちゃんが失格になってなかったら、この大会はどうなってたかな?」

 麻梨が聞く。

「さあな。一つだけ言えるのは、俺が最初から最後まで、先頭を譲らなかっただろう。それだけだ」

 いったいどういう計算をしたら、そんな結果を夢見ることができるのか。それは永遠に謎だ。

 ふと、麻梨が時計を見る。

「ああ……私、明日も学校だから、もう寝るね」

「ああ、お休み」

 明日も学校……当然のように告げる麻梨に、ネロは少し苛立った。もちろん、麻梨は自分の予定を言っただけで、他意はない。しかし明日も明後日も予定のないネロにとっては、まるで忙しい毎日を自慢されているように……あるいは無職である自分に対する当てつけのように聞こえる。

「……平凡な毎日を送るがいいさ。それは俺が才能ゆえに手放したものだからな」

 麻梨が退室したあと、誰にも聞こえないようにつぶやく。当然、誰からも返事は帰って来なかった。


 ネロはパソコンを立ち上げると、それをインターネットに接続した。

「さて……このくだらない大会を世間はどう評価しているか、見せてもらおうじゃないか」

 無駄に尊大な独り言と共に、有名ネット掲示板を開く。キーワード検索でチャリチャンを探すと、結構な数のスレが見つかった。大会自体は世間からも注目されているからなのだろう。スレタイとしては、


 【速報】鹿番長、タダカツに迫る

 【ハイライト】チャリチャンをゆっくり振り返る

 ミス・リードの正体を予想する

 安価でチャリチャンに参加者のふりして紛れ込む

 ジュリアたんのEカップろりっぱいを愛でるスレ

 なんかチャリチャンって盛り上がってるみたいだけど


 などが並んでいる。これでも一部だ。

 その中に、ネロは気に入らないタイトルを見つける。


 噂の中学生コンビ、本当に速い件


「たしか、空と……そして茜か。俺の秘密兵器を発動する前にスタートした卑怯者……許せない……な」

 卑怯も何も、レースを正当に勝とうとした結果である。少なくともネロから責められる理由は何もないはずなのだが、それでも八つ当たりの矛先が他に思いつかない。

「まあ、でっち上げでも何でもいい。俺が力を持った正義で、アイツらが俺の実力を理解できなかったクズなんだ。そこに変わりはあるまい」

 時間はあと30分ほどで日付の変わるころ。つまり頃合いだった。

『空と茜は反則ばかりのチーターだぞ。ネロを脅してスタートで妨害工作を企てた真犯人だし』

 と、別人のふりをしてデタラメを書き込んでおく。この手の掲示板は盛り上がっているときはレスが速い。

『マジかよアイツら最低だな』

『ソースはよ』

『別に興味ない』

『そういえば二人とも最初から蛇行しまくってたよな』

『自演乙』

『おまえダークネス・ネロだろ』

 幾つか核心を突くレスもあったが、基本的には自分の思惑通りに情報操作できている。そう思うことにしよう。

 なんならこのまま畳みかけてもいいが、ネロはあえて静観する。あまり必死になりすぎると、素性がバレる恐れがあるからだ。IDが変わるのを待って、それから他人のふりで乗っかるのが最善。

 完全なマッチポンプで、空と茜にネガキャンを張り付ける。それこそネロが考え抜いた復讐であった。実に地味で陰湿な手口である上に、恐らく本人たちにとって何のダメージもない復讐である。

 また新たなレスが増える。

『俺は、彼らがそんな卑怯者には見えなかった。一緒に走ってみたが、少なくとも空は自転車が純粋に好きな印象だ。誰かの自転車を犠牲にする作戦を思いつくとは考えられない』

 よく見れば、名無しのレスではない。コテハン……暴風域の英雄、ストラトスからのレスだった。

「はん、ストラトスか。最初こそ俺の言葉を信じていたのにな。見る目のない男だ」

 チャリチャン参加者であるストラトスは、空や茜と2回ほど邂逅している。最初こそネロの口車に乗っていたストラトスだが、今ではすっかり空の味方をする構えだ。

 一見すると真実に気づいたように見えるかもしれないが、要するに流されやすいというだけだ。ストラトスに正義は無い。

「裏切者のストラトス。俺はお前を許す。俺が許せないのは、空と、茜と、グレイトダディとかいう奴。そして何よりデスペナルティだからな」

 苛々を抑えきれないネロは、続いて他のスレにもアクセスする。


 チャリチャンとかいう迷惑な大会が地元住民を考えていない件


 そんなスレが見つかった。気になったので開いてみる。

「な、なんだ……これは――」

 ネロはそのスレに驚愕した。少なくともネロの知る限り、このチャリチャンという大会は多くの人に受け入れられたものだ。参加者を応援する人や、自分も参加すればよかったと言う人も多い。

 だからこそ、このスレに書かれたアンチたちの言い分は、ネロにとって信じられないものだったのだ。


『そもそも、なんで自転車の大会で俺らの道路が塞がれるんだよ』

『無能知事が道路を貸し与えた結果。そもそも邪魔で仕方がない』

『チャリンカスはどこでも邪魔。いっそ自転車を規制しよう』

『あいつら自転車を玩具だと気づいてないんだよ。子供がマウンテンバイクで公園を走るのだけは許す』

『この間チャリに乗った高校生が粋がって抜いてきたから、クラクション鳴らして怒鳴ったら逃げやがった。その程度の度胸で車抜くなって話w』

『ホントそれ。自転車が車道走るなっての。この間必死で60キロくらい出している自転車がいたけど遅いくせに必至こくのダサすぎ。歩道走ってどうぞ』

『粋がっている自転車を見たら制裁しておくこと。甘やかすとろくなことがないから徹底的にやっている。ちな俺バスドライバー』


 などなど、あることないことを書いていくスレのようだ。増長すると手が付けられないのはネット住民の特性のようなもので、自転車を煽って転ばせたり、道路端に追いやるまで幅寄せしたことを自慢する自動車ドライバーまで出てくる始末である。

「なるほど。自動車乗りの犯罪自慢スレか……バカッターと並ぶ醜さだな」

 実際、自動車免許というのは妥当に発行されるものだが、これを貰った人間の大半は自分が道路交通法を極めたと勘違いする傾向にある。当然、真面目なドライバーは免許を取った程度の事では奢らず、安全運転に努めるわけだが。

 勘違いしたドライバーの中には、免許一つで偉くなったつもりの人間がいる。軽自動車が軽油で動くと信じたり、アクセルとブレーキの区別がつかなくなりコンビニにダイレクト入店したり、という人種が公道を我が物顔にしているのが実情である。


 とはいえ、確かに自転車が邪魔になるという意見も分からなくもない。

 日本は今まで、自転車通行帯を一切作らずに道路を設計した都合がある。歩行者には歩道があり、自動車には車道がある中、自転車だけは常にアウェイを強いられる。つまり、お膳立てされて甘やかされ続けた温室育ちの自動車に対して、自転車は常に過酷な環境を強いられるのだ。

「ふざけやがって」

 ネロだって、曲がりなりにも自転車乗りである。あらゆる自転車を一緒くたにされて批判されてはたまったものではない。まあ、多くの自転車乗りはネロと一緒くたにされたらたまったものではないと思うが。

『自動車乗りは一度免許を取ったら何もしないクズだろう。自転車乗りは日進月歩で技を磨いて、常に成長しているんだな。お前らみたいな小学校の卒業証書まがいの、誰でも取れる紙切れを自慢しているお子様と違うんだ。悔しかったら言い返してみろ。紙切れでしか自分を語れないザコが』

 と、一気にまくし立てて書いたネロは、呼吸を整える。体が熱い。頭が痛い。心臓は登り坂に自転車で挑んだ時のように高鳴り、手は砂利道を走行した時のように震える。

 要は、苛立つ。

 事実、日本の道路交通法は近年、自転車に関する法律だけは七転八倒させる傾向にある。多くの自転車乗りが気にしていないかもしれないが、すべてを網羅すると、毎年新しい免許をゼロから取らされているんじゃないかと錯覚するほどの法改正ぶりだ。

 その点、自動車は大きな法改正もないため、古い習慣に縛られた自己中心的な走りが許可される。だからこそ車道を自転車と共用する気がないのだろう。自動車乗りは成長を求められず、そのツケは総て自転車に回ってきていた。

「死ね。クズが」

 ネロがようやくその言葉を絞り出して、ページを再読み込みする。

『自転車乗りが顔真っ赤にして何か言ってる』

『日本語喋ってどうぞ』

『チャリンカスに日本語喋れとかマ?』

『煽り耐性なくて草。こういう奴が自転車でイキるんだろうな』

 と、ネロに対する意見は酷いものである。このスレは車道よりもアウェイのようだ。

「ふん。人間の言葉すら理解できない自動車乗りに、この俺の言葉など認識すらできないか」

 吐き捨てるように言ったネロは、PCの電源を切る。本当ならそろそろIDが変わるので、空と茜にネガキャンを張る自演の時間だが……

「萎えた。今日のところは見逃してやる」

 どうにも抑えられない苛々を、トラックボールを思いっきり放り投げることで解消する。壊れたら困るので柔らかいベッドに投げたが、衝撃でボールがすっ飛んでいった。あとで探そうと気を取り直して、コートを着て外に出る。

 こんな時に苛立ちを沈めてくれるのも、やはり自転車だ。


 玄関を出ると、夜の街はそれなりに交通量の落ち着いた様子だった。さすがに平日にもかかわらず、夜遅く走っている車は少ないようだ。

「さて、行くか。ノウェム・ラケーテZEROよ……」

 跨った車体は、チャリチャンのスタートで見せたヘンテコ装備をすべて外したママチャリだった。要するに普通の無印ママチャリである。しいて言えばカマキリハンドルを45°ほどに上げて、反射板でデコチャリにしている程度の改造は施されている。

 タイヤには適正な空気圧が注入されており、チェーンには錆一つ浮いていない。入念なメンテナンスで維持された美しい車体は、ネジに錆が浮いているものの、3年も使い込んだとは思えないコンディションを維持していた。

 すべて、ダークネス・ネロの愛が成せる業である。

 走り出しは快調。

 こうして昼夜を問わず走ることが、ネロにはよくある。イライラした時や、嫌なことがあった時、感情をぶつけて走るのだ。

 ゲームのように勝敗や目的があるわけではなく、ただ無心に体を動かせる。そんな時間が、ネロにとっては癒しであった。無職で実家暮らしのため、家にいてもいたたまれないというのも理由だったりする。

 やがて、チャリチャンのコースとして封鎖されたエリアにたどり着く。

「確かに、邪魔くさいかもしれない……な」

 その道は旧街道であり、今ではあまり使われていない道だ。しかし道路沿いには民家も立ち並んでいるわけで、何よりここをすべて閉鎖されると、この道を挟んで南北を往来するのが難しくなる。

 もちろん迂回路も存在するわけだが、いちいちそちらまで移動するのは手間だろう。周辺住民の中には、不満を持つ人も多い。その一方で町おこしになると考え、出店まで出そうとしている輩もいる。

「たしか、今トップを走っている選手は新潟にいるんだったな。だとしたらまだここに来るのは先だろう。だというのに、今から閉鎖する意味があるのだろうか?」

 ネロは三角コーンを軽く蹴り、首をかしげる。

「……まあ、いい。俺が考えても答えの出ないことだ」

 そう結論付けたネロは、目の前のコース……もしスタート時のアクシデントがなければ、自分が走っていたであろうコースを見る。近所にある馴染み深い道である。

「もう、俺がここを走ることはないか?いや……」

 顎に手を当てて思案していたネロは、おもむろにニヤリと笑った。

「いいことを思いついた。明日は買い物に行くぞ。ノウェム・ラケーテZERO」

 コースに背を向けて、自宅に向かう。買い物といっても金は無いが、麻梨なら持っている限りで貸してくれるだろう。今までだってそうだ。実際チャリチャンに出るための青森までの旅費と自転車を宅配便で送る費用も、麻梨に負担させていた。

「俺の発明は、天才的だ」

 再び、彼がレースに波紋を呼ぶことになるのだが、それはまた別のお話で。

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