エビフライはタルタルソースをつけるための棒

@typefriendsc

第1話

 目が覚めると強い雨が降っていた。日は既に沈んでいて、風が窓を叩く音と雨音だけが聞こえてくる。普段とは打って変わったように、異様なまでに静けさに、寒くもないのに少しだけ身を震わせる。

 朝の撮影を終え、そのまま泥のように眠ってしまったらしい。六時前から仕事していたとはいえ、ずいぶんと眠ってしまったものだ。もう一度眠るには時間がありすぎるし、かといって何かをするには遅すぎた。どうしようかと考えている間に空腹を感じたので、死人のように固くなった体に鞭を打ち、ベッドからむくりと起き上った。

 そこで冷蔵庫に何も入っていないことを思いだし、もう一度窓の外を見た。雨が降っていた。それも、強い雨だ。背と腹がくっつきそうで、背に腹は変えられないし、大きく息を吸い込んで、それを憂鬱とともに吐き出した。ひとしきりうだうだして、ようやく外に食べに行く覚悟を決めた。



 子供の頃願っていたこと。憧れていたこと。それとは全く違う世界で、もう何十年も必死に足掻いている。役者になんてなる気はなかった。なれるなんて思ってなかった。ずっと続けていれば何か答えが見つかる気がしていたが、ますます分からなくなっている。

 役者の仕事が楽しいか?、といったような簡単な質問にも分からないと答えるしかない。やりがいは確かに感じる。だが、楽しいかと言われたら首をかしげてしまう。

 

 必死にこなしてきただけだ。完全な手ごたえを感じるほどもないほど、必死に。主演男優賞を受賞した時ですら、どうして自分がとったのかを理解できなかった。何かに追われるように演じ続けた。求められるノルマをこなす様に、一つの役を演じ続けて。

そうして今日も画面には俺が映っている。



 自分以外客のいないさびれた定食屋のテレビで、自分が何かを必死に叫んでいる。まるで自分には見えなかった。俺にはそんなに熱い想いはない。俺にはそんなに救いたい誰かがいない。俺にはそんなに守りたいものはない。

 

 嘘吐き。


「お前は誰だ?」


 知らず口から出てしまい、慌てて口を抑える。誰にも聞かれてないようだが、定食を持ってきた店主には怪訝そうな顔をしていた。画面の自分と違って演技をすることもできず、不格好な笑顔を浮かべることしかできなかった。

 

 自分の姿から逃げるように変えたチャンネルの先では、胡散臭い見た目の歌手がR&Bを歌っていた。ずいぶんと綺麗な歌声で、思わず箸を止める。

 学生時代はベースをやっていたし、歌を出したことはあった。そっちの方面に打ち込んでいたら、今頃この男と一緒にテレビに出ていたかもな、と役者を選ばなかった未来を想像してみる。

 

 別に役者を選んだことを後悔しているわけではないが、自分の演技が昔ほど好きになれない。何か、いつも物足りなさを感じている。

 暗くなってしまった気分を切り替えようとエビフライに再び箸を通したが、すっかり冷めてしまっていた。



 憂鬱な気分で家に帰ると、家の前に手紙が落ちている。宛名は自分だが、差出人は不明。普段なら捨てるが、今日はなんとなく読んでみようと思った。

 

『ここがすきです』


 演じた役のどこがすきかが書かれた普通のファンレターだった。文量ははわずかで、文章もありきたりなはずなのになぜか妙に心がざわついた。

 飾り気のないその言葉が頭から離れない。次の日も、その次の日も、その言葉が頭の中で何度も何度も繰り返された。

 自分が最後に何かをすきになったのはいつだろう。そんなくだらないことをずっと考えていた。



 晴れない気分のまま今日も撮影を終えた。周りの評価は良かったが、やはり自分の演技にはどうも納得がいかなかった。それでも明日も撮影はある。切り替えていかなければならない。

 気分を変える為に再び定食屋に向かった。好物を食べて英気を養おうと思い、エビフライ定食を頼んだ。以前はついてなかったものがエビフライにちょこんと添えられている。どうやら、タルタルソースのようだ。

 エビフライと一緒にタルタルソースを口に運んだ。その瞬間、さわやな酸味にエビの甘味と衣の小気味いい感触が口いっぱいに広がり、目を見開いた。

 

 ああ、名前の知らない誰かが言っていっていた「好き」ってこういうことなのかもしれないとなんとなくわかった気がした。

 定食屋から出て見上げた空はどこまでも青く、雲から差し込んだ光がきらきらと輝いていてとても綺麗だった。だから、役者としての答えなんて無理に出すもんじゃないのかな、なんてことを思った。

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