解散
城崎
本編
悲鳴を聞き、急いで部屋を出た。そう広くない屋敷を走る。やがて人の気配を感じて立ち止まり、パーティメンバーの1人が拠点としている機械工房へと駆け込んだ。入った瞬間に目に映るのは、まるで異空間のように焼けた一部分。人だったものが、目も当てられない姿へと変わり果て横たわっている。傍らでは、呆然とした様子のシェリエットとグラディアが立ち竦んでいた。同じく竦んでしまいそうになる体を動かし、自らのローブで遺体を覆う。周囲に転がった機械製品を退かして跪き、そのまま神に祈りを捧げるも、声に力が入らない。ローブの裾から覗いている剣が視界に入り、思わず息を呑んだ。それは、幾度も自らを窮地から救ってくれた剣。遺体の主がパーティを組んでいた内の1人、ヴェスカーであると推測するのに、時間はかからなかった。けれど、あまりに突然のことで、実感が湧いてこない。これはもしかしたら驚かせようとしているだけかも知れないと思い、2人の方を振り返る。シェリエットは目を赤く染め今にも瞳から涙が溢れ落ちそうになっており、グラディアはいつもの毅然とした表情を忘れて呆けてしまっていた。ああ、これはやはりヴェスカーなのだ。思い直し、再び遺体と向かい合う。拳を作る力が、強くなった。
「これは、一体どういうことなんだ?」
「あなたのせいよ!」
突如、金切り声が耳をつんざく。振り返る前に、声の主であるシェリエットは目の前に立っていた。彼女はこんなにも人を恨む目が出来たのかと、目を見開いて驚く。いつもの優しそうな彼女は、影も形もなくなっていた。
「あなたが、あなたがやったんでしょう!?」
「落ち着いて、シェリエット。どうして、僕がこんなことをしなければならないんだ……」
「これが落ち着いていられるわけがないでしょう!?」
僕へと掴み掛かろうとしてきた彼女を、グラディアが受け止める。シェリエットはしばらくグラディアの腕の中で抵抗をしたあと、諦めてその場に泣き崩れた。嗚咽が、辺りに響く。グラディアは彼女の背を撫でながら、こちらの目を見た。彼女の目は、まるでこちらを哀れんでいるように見える。
「君も、僕のことを犯人だと思っているの?」
彼女は首を振らず、口を開いた。
「彼女の話ではこうです。この部屋は火気厳禁ですから、外から火、及び火に関係する物を持ち込むことが出来なくなっています」
「ああ。それは僕がそうしたんだから覚えているよ」
「しかし、現に彼は焼けています。ですから、この中でただ1人、火炎魔法を使うことが出来るあなたが犯人だろう、と……」
なるほど。外から中に入れることは出来ないようにしたけれど、中で火を使わないようにはしていなかった。中で火を灯せるのは確かに自らだけだし、疑われてしまうのも無理はない。
「でも、動機は?」
「シェリエットからチョコレートを貰えなかったこと」
喉から、ひゅうと音が聞こえた。自分がそんな動機で人を殺す人間だと思われていたと知り、胸が張り裂けそうなほどの悲しみに襲われる。
「た、確かにシェリエットからチョコレートを貰えなかったのはとても残念だったし、彼女から手作りのものを貰っていたヴェスカーをうらやましいとは思ったよ。でも思っただけだ。それが彼を殺す動機になると思う!?」
言いながら、虚しさで心が折れそうになる。どうしてこんな哀れなことを、大声で主張しなければならないんだろう。しかも、シェリエット本人の目の前で、それでも、自らに向けられた殺害の疑いを晴らそうと、必死にそう訴えた。
しかし言葉を重ねる毎に、こちらを見る視線に含まれた疑いが強くなっていく。それはまるで、自らの首にかかった意図を、自分自身で巻き付けていくかのようだ。
「……え、なに? もしかして、動機になると思っているの?」
2人の顔を、交互に見つめる。
「ねえ」
シェリエットは、俯いて目を逸らした。対照的に、グラディアはこちらと目線を合わせ、小さいながらも確かに頷く。彼女は、重たそうな唇をゆっくりと開いた。
「私の感性でその出来事を判断するならば、とても些細だと言えます。しかし、あなたにとってもそうだとは限りません」
いつもと同じはずの彼女の畏まった口調が、どこか一線を敷いているように聞こえる。
「何を言っても、ヴェスカーは帰ってきません。こうなってしまった以上、私たちはただヴェスカーの死を嘆き、そして死後の幸福を祈るしかありません。ですから」
「違うって言ってるだろ!?」
焦りから強くなった語気に、2人がびくりと肩を震わせた。それを見て、一気に背中から熱が引いていく。
「ごめん」
次第に冷静になっていく頭の中にも、当然ながら僕が彼を殺したという記憶は無い。しかし、彼女らがこんな態度になってしまうのも無理はないだろう。状況から見れば、僕以外に彼を殺せそうにないのだ。どうしてこんなことになってしまったのだろう。思っても、答えてくれる人はいない。
「とりあえず、起きたことを整理しよう」
自分がやったわけではないと確認し証明するために、そう提案した。
「待って。整理したところで何が変わるの? グラディアが言ったじゃない。何を言っても、彼は帰ってこないって」
「そうだね。でも、死因が分からないままじゃあ、彼が浮かばれないのも事実じゃない?」
「……それは、一理あるけど」
「リーダーが死んで、お互いがお互いを信用できない。どうせパーティは解散だ。最後に僕が、自らの潔白を証明したって構わないだろう?」
シェリエットは暫く考えた後、グラディアと少し会話を交わしてから言った。
「好きにすればいいわ。どうせこんな身内の事件には、衛兵も興味がないでしょうし」
「ありがとう。それもそうだね。最近は、ここらの衛兵もやる気を失っているみたいだから……」
言いながらローブをゆっくりと剥ぎ、ヴェスカーの遺体を露わにする。目を逸らしたくなるが、そうも言ってはいられない。
「まず最初に、シェリエットの工房でヴェスカーが焼けている。ヴェスカーがここにいるのはどうして?」
空いている口を使い、2人に問いかける。
「彼はいつも、この工房で剣を研いでいました」
グラディアに言われ、ヴェスカーの傍らに砥石があることを確認する。しかし、燃える直前には握っていなかったのだろうか。手のひらから少し離れてしまっている。彼の利き手は物を握っているというよりかは、なにかを示そうとするかのように1本の指がぴんと伸びていた。指が指し示すのは、辺りに転がった機械製品。どれも似たような正方形の形を取っており、何のために作動するのか想像がつかない。作った張本人ですら、十分に記憶できていないはずだ。何より彼女からは、絶えず鋭い視線を送られ続けている。正確な情報を得られるかも分からない。
「依頼が終わった後ですから、この場所にいるのは不思議ではありません」
シェリエットの工房にいることが不思議ではないということは、僕が知らないだけで、ヴェスカーとシェリエットの仲はある程度の発展をみせていたということなのか。現実のみならず、まったくそんな風には見えなかった自分の観察眼の無さにも失望してしまう。そうなんだと頷いた声が、自分のものとは思えないほどかすれて聞こえた。
「知らなかったの?」
シェリエットが、驚いたような声を上げる。声に振り返ると、ハッとしたように厳しい面持ちへと変わった。
「知らないフリをしているだけってこともあり得るわね」
「否定はしないよ」
他になにか得られる情報はないかと、彼の遺体を見つめ続ける。よくもこんなに見つめられるものだと、自らに驚きを隠せない。それもそのはず。これは彼ではないと思ってしまう自分が、まだ存在しているのだ。頭の片隅に、こうやって探偵の真似事をしていることを含めたすべてを他人事のように思っている自分がいる。他人事だったら、どれだけ良かったか。ため息も溢れない。
そんなことを考えながら見つめ続けるも、ほとんどが焼けてしまっている。これ以上の情報は得られそうにないと、視線を上げた。その先にいる、彼女らの背に声をかける。
「2人は、依頼から帰ってきた後どうしていたんだい?」
チラリと、シェリエットがこちらを振り返った。苛立ちのこもったため息が溢される。
「よくもまぁ、そんなにまじまじと見られるわね。やっぱり、あなたが殺したんじゃないの?」
「僕はやっていない」
それだけは確かだ。ローブを先ほどと同様ゆっくりと彼にかけて、彼女らの前に立つ。
「言わないのなら、僕から言うよ。悲鳴が聞こえるまでの間、部屋で魔術書を読み返していたんだ。今日のあの危険な場面で使える術があったはずだと思って、調べ直すために。1人だったから、証明は出来ない」
部屋には置き去りにしてきた魔術書が転がっていると思うが、あらかじめ転がしておいたと言われたら反論のしようがない。
「私たちは、2人でお茶をしていました。最近技術が上がって美味しくなったシェリエットの菓子を片手に」
「そ、それは言わなくたっていいでしょ」
「ごめんなさい。本当に美味しかったので、つい」
「菓子か……」
最近技術が上がったといことは、バレンタインに備えてだろう。すっかり冷えてしまった心は、菓子を作るには適度に火が必要になるなと考えている。
「菓子って、どんなのだったの?」
「マドレーヌでしたよ。ね?」
「うん、そうだけど……」
マドレーヌは確か、火が必要な菓子だったはずだ。焚き火でもいいが、火の加減が調節できると尚いいだろう。彼女ならば難しい事態に直面したとき、自らの得意分野を生かすはず。
「……この中に、菓子を『焼く』ための機械が混ざってたりはしない?」
シェリエットの顔が、一気に曇った。分かりやすい。そういうところが、好きだった。
「砥石が手から離れているのは、焼かれた瞬間に研いでいなかったから。剣を研いでいない彼の手は、ぴんと伸びている。それは、興味本位で機械を触ったから」
彼女は、最初から分かっていて、自らに罪を着せようとしていたのだろうか。背を向けてしまった彼女の表情は分からない。
「もしそうだとしたら、それはシェリエットが悪いわけじゃない。完全な事故だ」
「事故でも、自らの不注意が起こした事故よ!?」
さっきのような金切り声を上げ、彼女は僕の胸ぐらを掴む。揺れる視界。日々重い機械類と向き合っている彼女は、僕を軽々と持ち上げられる。その表情は、怒りではなく悲しみに包まれていた。いや、彼女は最初からずっと悲しいのだろう。呼吸が出来なくなる瀬戸際のところで、グラディアが彼女の手を僕から離してくれた。僕が呼吸を整えるのと同じく、シェリエットもまた呼吸を落ち着かせている。混乱の中にいる彼女の背中を、グラディアと同じようにさすった。しばらくあって落ち着いた彼女は、淡々とした様子で話し始める。
「覚えているわ。マドレーヌを焼き上げた後、菓子焼き機を放置したことを。わざとなんかじゃない。危ないから触っちゃだめよって、いつもいつもヴェスカーには言い聞かせていたから、大丈夫だと思ってたの。でも、だめだった。彼は好奇心で触ってしまった」
「うん」
「咄嗟にあなたを犯人扱いしたのは謝るわ。受け入れたくない現実に直面すると、ひとってこんなにもなってしまうのね」
つうと、彼女の赤い目にまた雫が見え始める。彼女はそれを服の袖で拭うと、小さな声で宣言した。
「2人きりにして。彼は、私が埋めるから」
本当にそれで良いのかと、隣にいるグラディアへと目を向ける。彼女の目もまた同じようなことを訴えており、しばし無言で視線を交わす。やがて、グラディアの方が口を開いた。
「お先に、行ってください。魔術師のあなたなら、部屋ごとの転移が出来るでしょう?」
惨劇を更なる修羅にしたのはあなたでしょうという本音が見えてくるような表情に、頷くしかない。
「……分かった。じゃあ2人とも、達者で」
「ええ、達者で」
3人に背を向けると、部屋へと向かった。部屋ごと移動出来ることを、今回以上に感謝することは後にも先にももうないだろう。ないと、思いたい。
「さて」
部屋ごとだなんていう、大規模な転移魔法は久しぶりだ。行き先はどこにしようか。
「……はは」
悩める自分の余裕に苦笑した。
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