密室ウイルス感染ゲーム
ちびまるフォイ
咳をすると2mは飛び散るらしい
「ゴホン。えーでは説明をはじめますね。
ここにいる人たちは全員がなにかしらの病気を患っています。
で、同じ部屋で最低24時間過ごせばお金がもらえます。簡単でしょう」
「はい」
「オッホン。ではゲームを始めます。
同じ部屋ですごす10人をあなたが選んでください」
何百人という人たちがこちらをじっと見た。
誰がどんな病気をもっているかなんてわからない。
適当に10人を選択すると今度は窓のない部屋に閉じ込められた。
部屋には経過時間を示す電光掲示板のタイマーがある。
エアコンや加湿器もついているが動いていない。
スイッチをいくら押してもびくともしない。
タイマーが動き出す。
と、同時にタイマーの下に書かれている賞金額が釣り上がっていく。
「ハハハ。簡単じゃん。ここでしばらく過ごしていればいいだけで金が入るなんて」
後は時間がすぎるのを待つだけ。
どうやって時間を潰そうかと考えていたとき。
「ぶぁーーっくしょい!!」
部屋にいるオッサンが大きなくしゃみをした。
最初は大きな声に驚いたが、このゲームの真意に気がついた。
――ここにいる人たちは全員がなにかしらの病気を患っています
ここには窓がない。
もし、この部屋にウイルスをまかれたら感染するしか無い。
俺を含めて全員マスクはつけていない。ザルだ。
「お、おいオッサン! 細菌が散るだろ!!」
「そうはいっても生理現象は止められ……ぶあっくしょい!!」
「だからせめて覆えって!!」
オッサンはあらゆる方向めがけてくしゃみを放つ。
聞いたことがある。くしゃみで飛び散ったウイルスは1kmはいくとか行かないとか。
この密室でそんなことされたら――。
「ね、ねぇ……この部屋寒くない……ゲホゲホッ」
部屋にいる女のひとりが咳き込みながら震え始めた。
たしかに寒い。最初よりもぐんぐん室温が下がり始めている。
「くしゅんっ!」
「ごほごほっ」
「ぶあーーっくしょん!」
慌てて俺は自分の服をひっぱり口を覆った。
これでどれだけ防げるかわからない。
室温は下がり、じょじょに空気も乾燥している気がする。
これでは体の抵抗力もどんどん弱くなって感染し放題じゃないか。
「これは……?」
せめて直撃は避けたいと部屋の隅っこに行くと端末を見つけた。
端末を起動させると画面に自分以外の10人の顔写真が並んだ。
『誰を退室させますか?』
「退室させられるのかよ! 最高じゃん!」
迷わずにくしゃみを連発するオッサンを選択した。
「な、なんだこれは!? ぶあっくしょい! ハーックション!!」
断末魔のようにくしゃみを続けていたがオッサンは部屋の外に出ていった。
すると、動いていなかったエアコンが室温を少し上げ、加湿器が作動する。
「退室させると少し過ごしやすくなるのか」
少しはマシになったものの、まだまだ寒い。
このまま部屋にいれば俺もなにかしら感染することは間違いないだろう。
「……あれ?」
残り時間を確認しようとタイマーを見上げると、金額の上昇が遅くなっていた。
さっきまではもっと早いスピードで上がっていたのに。
「ごほごほっ。げほっ……げほげほっ」
「おい、ちょっと! 咳をするなら壁側に顔を向けろよ!」
「ごめんなさごほっ! 急に咳が……ごほごほっ」
ああ、もうこの人もいらないや。
重病そうな女を退室させると再び室温と湿度が上がる。
と、同時にまた賞金額の上昇スピードが鈍化した。
「そういうことか。追い出した人間が少ないほど賞金が上がる。
……でも、追い出さないとどんどん部屋はウイルス感染しやすくなるのかよ」
せっかく部屋で耐えたのにゲーム終了後の実入りが少ないと意味がない。
これ以上の退室は避けなくては。
細菌が来ないように口元を覆い、壁側を向いて、ほかの人間は全員反対方向の壁に集めた。
部屋は静かになり、ただゲームが終わる時間をじっと待っていた。
「……そういえば、あのウイルス知ってるか」
「ああ、あれな。予防接種やった?」「もちろん」
部屋にいる感染者8人は雑談を始めていた。
静かな部屋には小さな声も反響して聞こえてしまう。
「あのウイルスって?」
俺も興味を引かれて声を掛ける。
「人にしか感染しない殺人ウイルスですよ。
咳から感染するとか。一部で流行っていたから……。
こんな状況になると意識してしまって」
「さ、殺人ウイルス!? そういうことは先に言えよ!!」
「ニュースでも大々的にやっていたので知っているものかと」
「おい、全員! 予防していたやつは手を上げろ!!」
全員が手を上げていた。
しかしこれが信用できるのだろうか。
彼らがもし「退室されずに部屋にいた時間で賞金がもらえる」
という立場だった場合、俺なら嘘をつく。
わざわざ退室に追い込まれるような不利なことはけして言わない。
「ごほっ」
「くしゅん」
「こんこんっ」
「おおおい! 咳するなって!!」
もしこの中に感染者がいたら。もはや賞金どころではない。
慌てて端末を手に取ると全員を容赦なく退室させた。
命を失ってしまえば賞金もなにもない。
タイマー下の賞金額は上昇しなくなり、時間だけがすぎる空間となった。
全員を退室させたことでエアコンが自動換気し加湿器が湿度を保つ。
「ああ……これ以上賞金は増えないのか……」
そこからは寝たり起きたりを繰り返して最低滞在時間の24時間を過ごした。
これ以上長く過ごしても賞金は上がらないので、次官になるとすぐに部屋を出た。
部屋の外には白衣とマスクに身を包んだ人たちが待ち構えていた。
「お疲れ様でした。これからウイルスチェックを行います」
唾液を取られてあっという間に検査に回された。
検査結果はものの数分で出た。
「検査の結果、あなたは何も感染していません。珍しいですね」
「本当ですか!? 本当に俺は無事なんですね!」
「ええ、我々の検証に間違いはありません」
「よかった……殺人ウイルスに感染していたらと思うと気が気でなかったです」
医務室を出ると、ゲームスタッフが待っていた。
「えーーゴホン。では今回の賞金がこちらです」
「ありがとうございます」
最初にゲームに参加を決めたときの目標金額よりははるかに低いが、
こうしてなんのウイルスももらわずに退室できたのなら十分だ。
「ゴホン。一応、再チャレンジもできますが、いかがしますか?」
「ぜっっっったいにイヤです!!」
なにごとも健康が一番。
健康なまま部屋を出れたことが最大の報酬だ。
賞金を受取り、会場を後にした。
それからしばらくして、男は死んでしまった。
「"ここにいる人たちは病気を患っています"と、
私はちゃんと言ったんですけどねぇ? ゴホン」
殺人ウイルスに感染してしまった男を見て、ゲームスタッフは告げた。
密室ウイルス感染ゲーム ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます