翌日 そして俺の新たな出発点

 ※


 次の日。

 一部のクラスメイトから絡まれた。

 ヒュージとノクトの二人と同じ文句を言われた。

 何言っても無駄だ。

 あいつらが自分のミスを教官達に報告するはずもない。

 それに、今まで俺のことを目もくれなかった奴らもここぞとばかり叩きにくる。

 そんなに正義の味方になりたいのかね。


 けど俺の頭と心の中はそれどころじゃない。

 午前の講義が終わって昼食。

 そして午後の実践の時間。


「昨日はいろいろと大変だったが、だからと言って今日は自重するということはしない。どんなことがあっても、常に平常心を保ってなければならない。そういうことで、これからも通常通り。ただし……」


 教官は持ってきたバッグを開けた。


「昨日の報告で、俺も世話になったダンジョンの中の安全地帯の話が出てな。懐かしさのあまり、俺も真似して作ってみた」


 そう言いながら取り出したのはおにぎりだった。


「一人一個ずつだ。身の危険を感じたら安全なところに身を潜めること。その際に、薬代わりに食っとけ。いいな」


 装備品やアイテムなら毎回全員に支給されるが、飲食物が配られることは今までなかったことだ。

 当然みんなはざわついてる

 いつもと違うことをされると、不安に感じることが多い。

 けど、このおにぎりはみんなに歓迎されてた。


「誰かさんが作った握り飯よりは有り難いよな」


 どこかからかそんな声が聞こえた。

 ま、好きに言わせとくけどな。

 で、俺から予め教官に伝えてたことがあった。

 一グループずつ順番にダンジョンの中に入っていって、最後に俺のグループが残る。


「昨日の今日だ。今回は、エッジはここで見学。残った五人でも、レベルの低い課題はこなせるだろ」

「マジかよ!」

「助かった! こいつトロいからよ!」

「ま、自分の荷物の管理さえできれば、エッジってあまり役に立たないからね」

「余計な気を遣うこともなくなるし、楽になるわね」

「お前らなぁ……」


 俺の不参加を喜ぶ声を聞いて教官は呆れてる。

 別にこいつらに遠慮するとか気を遣うとか、俺は特にそんなことは考えてなかった。

 俺の狙いは一つだけ。

 それは……。


「あんた、それでほんとにいいの?」


 俺の不参加を歓迎する雰囲気をぶち壊したのはフォールスだ。

 そんなことを言ったら、他の四人と足並みが揃わなくなるだろ。


「あんただって、家族の生活を楽にしたいって言ってたじゃない。それを諦めるってこと?」


 俺への気遣いはありがたいけどさ。

 ほかの四人が睨んでるぜ?


「フォールス。こいつが不参加でも戦力は減らねぇ。でもお前は違う。お前も不参加になったら、グループのレベルも下がる。このグループにお前は必要だが、エッジはそうでもねぇんだよ」

「卒業してこの仕事を続ける理由は、誰だって誰かのためにって気持ちはあるんだよ。たとえ名誉とかに目が眩んでるとしてもな」

「人生の責任はその人自身が持つべき。フォールス、あんたがエッジの人生の責任を持つってんなら抜けてもいいとは思うけど」

「そもそも職業の選択を間違えてんのよ、こいつは」


 俺への言いがかりとかは癪に思うが、こいつらの言うこともそれなりに理に適ってる。

 いずれ、昨日の出来事の間のこの四人の心中を考えれば、余計なトラブルを引き起こすなってことだろう。

 俺は身じろぎ一つせずに腕組みをして口を真一文字にして閉じる。

 ここから動く気はない、ということだ。


「ほら、エッジだって参加する気はなさそうだ。時間、遅れるしとっとと済まそうぜ」


 ヒュージの言葉にフォールスはようやく俺のことを諦めた。

 五人の背中を見送って、その姿が見えなくなっても俺はその場から動くことはしなかった。


「……お前が頭を下げてまで俺に頼んだんだ。その通りにしてやったが……お前はいいのか?」

「……今回の実践の結果次第では……。ま、今はこの時間を見学に徹しますよ」


 横にいた教官がどんな顔をしてるのか分からない。

 見る気もなかった。

 俺はただ、クラスメイト全員が戻ってきたその報告を待つことしか考えてなかった。


 ※


 それから二時間半経過。

 ポツポツと戻ってくるクラスメイト達は、みな一様に明るい顔をしている。

 もちろん俺のグループ同様俺が今回の実戦に不参加だったから……なわけがない。

 戻ってきたグループ一つ一つに教官は声をかけていた。

 もちろん支給したおにぎりの効果についてだろう。


「結構回復したな」

「怪我はしなかったけど、気力が漲るっつーか」

「私は魔力回復できてました」

「良くなかったのは味くらいかな。ただの塩おにぎりじゃ味気ないのは分かってたけど、それ以外はもうね」


 おおむね好評のようだ。

 そのうち、俺のグループも戻ってきた。

 あいつらの評価も上々。

 フォールスの不機嫌そうな顔も和らぐほど。


「エッジ。お前の作ったやつは、おにぎりとは言えねぇな」

「お前の作ったのとぜんっぜん違う。お前がいなくてもこのおにぎりがありゃ、お前が参加してた時よりも効果があるぜ?」


 その声が大きかったせいか、教官が近づいてきた。


「お前ら、そんなにあれが良かったか?」

「教官! また作ってもらえます?!」

「毎回全員に配ることができる程米持ってないから難しいな」

「えー? 期待してたのにー」


 教官はすっかり人気者って感じだ。

 クラス全員に取り囲まれている。

 俺と、もう一人を除いて。


「……いいの?」

「何が?」


 フォールスは、ダンジョンに入る前よりもさらに険しい顔になっていた。

 そんな顔をされても、俺にどうしろと?


「あなたの作ったおにぎりよりも評判が良かったわよ? 毎日作ってるあなたよりも、教官が作ったおにぎりの方が、ね」

「別に、気にしねぇよ。それに……もう決めたんだ。俺、退学する」

「……あなたがそんなつもりなら、私はもう何も言わないけどね。五人での行動も連携はいつも通りうまく取れてたし」


 そう。

 俺は別の道を進む。

 母さんを楽にしてあげる。

 冒険者になると決めたのは、そのための一番簡単な方法だと思ったから。

 でも、もう十分すぎる程分かった。

 俺は冒険者には向かないってこと。

 俺は、冒険者に向いた素質を持つ鬼人族。

 でも父さんに似て、その職には不向きな体質だった。

 父さんはそれでも、冒険者達と深く関わる仕事をしてた。

 だから俺も冒険者になれると錯覚してたんだな。


 けど、明日からは見誤らない。

 俺はそう確信できた。

 母さんが言ってた、父さんがおにぎりを作ってた様子。

 そしてダンジョンで偶然入り込んだあの部屋の、父さんと同じ名前を持つ人の様子。


 そして、たった今、笑顔でダンジョンから出てきたみんなの様子。


 俺は、父さんと同じ道を進む。


 ※

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