父さんかもしれないし、違うかもしれない人

「あっ!」

「どうした? フォールス」

「早く戻らないと! みんな心配してるよ!」


 あ……。


 すっかり忘れてた。

 父さん絡みのことで、学校のことが頭から消えてた。


「心配するな。自分の世界に戻る時は、そんなに時間は経過してないはずだ」

「そ、そうなの?」


 このおじさん冒険者、何回もここに来てるらしい。

 で、何度も体験してるからはっきり言い切れるらしい。


「じゃ、俺はそろそろ休ませてもらおうかな。お前達も、一晩休んでから戻るといいさ」

「あ、はい……。ありがとうございました……」


 休まなくても、戻ろうと思えば戻れるはずだ。

 俺も、フォールスも、体調は完全に戻ってる。

 けど、あのワニのバケモノをどうにかしないと何ともならない。

 しばらく足止めかな……。


「ねぇ、エッジ」

「ん? 何?」

「あの人がお父さんって……どういうこと? あんたのお父さん、ここで働いてるの?」

「し、知らないよ……。俺のこと知らないみたいだし、何より年齢の計算が合わない。それに……五年前に病気で死んじゃったんだ」

「あ……ごめん。でも死んだ人が生きてるっての、あり得ないでしょ」

「……決め付けるのは、あの人から話を聞いてからだ」


 フォールスはどんな顔で俺を見てたんだろ。

 また軽蔑してるのかな。

 けどそれどころじゃない。

 あの人がどんな人なのか、早く知りたい。


 ※


 あの人が作ったおにぎりが全部配り終わった頃を見計らって、あの人に近づいてみた。


「ちょっ。私も行くわよ。証人とか、必要でしょ?」

「え? あ、あぁ……。まぁ……うん」


 言われてみればもっともだけど、何のための証人なんだろう?

 まぁいいけど。


「あ、あの……」


 話しかけてみる。

 さっきの女の子? のエルフと何やら話をしてるけど、そんなに真剣な感じじゃないから声をかけるくらいなら……。


「ん? ……さっきのガキか。何の用だ?」

「その……ハタナカ、コウジ、さん、ですよね」

「……まったく。また勝手に俺の名前を教えた奴がいるな? ……だから何だよ」


 何か……えらく不機嫌そう……。

 い……、いいのかな。


「こ、ここで五年もおにぎりを作ってる……って聞いて……」

「……それがどうした。雑談しに来たのか? こっちも暇じゃねぇんだがな」


 ドンと背中をごつかれた。

 フォールスだった。

 早く言え、と小声で言われた。

 こいつ……まぁいてくれて心強いけどさ。


「……俺の父さんの名前もハタナカ・コウジって言うんです。誰かにあげるためにおにぎりを作って持ってく仕事をしてました。何となく、コウジさんに似てたのでつい……」

「ふん。俺はお前に見憶えはない……って言うか、ここに来る連中誰一人として覚える気はないがな」


 お、俺にだけ特別不愉快な思いを持ってたわけじゃなかったんだ。

 よかった……。


「何喜んでるのよ。話はそれで終わりなの?」


 え?

 ……だって、俺のこと見憶えないって言うし、年齢も食い違えばそもそも父さん死んじゃってから年月経ってるし。

 でも……。


 ……そうだ。


「あ、あの」

「何だよ」


 この人、ずっと不機嫌なのかな。

 でも何となく、俺に一回だけ見せた父さんの不機嫌そうな顔と似てるな。

 ……元々他人の空似だし、そりゃ似てるよね。


 いや、そんなことよりも。


「お、俺、エッジ=エズって言います」

「うるせえよ。覚える気はねえっつってんだろ」


 そうでした。

 って言うか、有言実行ってこういうことなのかな。

 いや、そうじゃなく。


「俺の死んだ父さんも、おにぎりを作ってて」

「だからうるせぇよ。同じこと何度も言うな。覚える気はねぇっつってんだろ」

「で、ですから、おにぎりの作り方、教えてくださいっ」

「あぁ? ただ握りゃそれで終わりだろうが、こんなもん」

「お、俺、父さんから教わって……。でも教わったのはおにぎりの作り方だけで、コウジさんみたいにきっと、いろんな人から喜ばれてて」


 不機嫌な顔がもっと不機嫌になってる……。

 怖ぇ……。


「だから……コウジさんがおにぎり作るところ、見たいし、手伝えたら……って……」

「ちょっ! 手伝うって……どんだけここにいるつもり? 早く学校に戻らないとダメでしょ! みんな心配してるわよ?!」


 う……。

 確かにその通りなんだけど……。


「待ってる奴がいるのか。だったらとっとと帰んな。ここは宿泊所でも病院でもねぇんだ。ただの避難所。居心地なら自宅の方がよっぽどいいだろうよ」

「邪険にするなよ、コウジ。そりゃ独身で若い男捕まえてお父さんなんて言われたら、そりゃ気分は良くねぇかもしれねぇけど、いきなり慕ってくる奴なんだぜ?」


 さっきの人が助け舟を出してくれた。

 うれしいんだけど、この人あんまり表情に変化ないよ……。


「っせぇな。握り飯作るところ見たけりゃ見りゃいいし、作れるんなら俺が一々口出さなくったって好きに作りゃいいだろうよ」

「そりゃそうだ。わははは。だそうだぜ? 坊主」


 そんなこと言われても……いいのかな。

 何かこの人気難しそうだし……。

 性格は父さんと正反対だ。


 でもこの人の作るおにぎりも、父さんが作ってたおにぎりも、どっちもみんな喜んで食べてた。

 でも俺の作ったのは……。


「……しょーがないわね。私も付き合うわよ」

「え? だってお前……」

「あんたと二人、力が漲ってたとしてもあのワニは倒せないわよ? なのに私一人でここを出てったらどうなると思ってるの?」


 言われてみりゃそうだよな。

 早く帰りたいからって言っても、一人でここを出ても……。

 あのワニを倒せたとしても、その後に控えてる魔物は何体いてどんだけ強いのか想像もつかない。


「でもその扉を出るだけなら問題ないでしょ。あの小部屋から様子を見ながら、ここを出る機会を伺いましょ?」

「あ、あぁ……。何か、悪い」

「あんたが悪いわけじゃないわ。……悪いのは、私を含めて油断したみんなよ」


 まぁ……それはそうなんだけど……。


「俺抜きで会話が成立すんならこっちにくんな!」

「「す、すいませんっ!」」

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