やっぱりここは、例の噂の部屋だった じゃあこの部屋の持ち主は……

「エッジ」


 ひょっとして、死んだ父さんが生きているのか?

 それを確かめに行こうとする俺をフォールスが呼び止めた。


「ここ……って……、冒険者達の間で噂になってる部屋なんじゃないの?」

「おう、多分そうだろうよ。って、子供の耳にも届くほど有名になったか。がはははは」


 返事をしたのは俺じゃなくて、俺達におにぎりを持ってきてくれた冒険者のおじさんだ。


「ハタナカ・コウジっつってな。ただの人間らしいんだが……ダンジョンの中にこんな部屋があるとは思わなかった。そんな部屋に我が物顔で、ここに来る連中をこうして握り飯を配ってくれてる。あまり美味くはないが、大概のケガはすぐ治る」


 父さんの……名前だ!

 

 ……いや、生きているはずがない。

 同姓同名だろう。

 けど母さんは、噂の部屋でおにぎりを作ってる人と大祖母さんが血縁関係にあるってことが知り合ったきっかけだったって言ってた。


「ど、どこにいますか? その人」

「隣のプレハブの部屋だよ」

「……エッジ。顔、青いよ? どうしたの? あ、ちょっと!」


 すぐそばにいる。

 もう会うことはない人に会える。

 けど……ひょっとしたら……。

 一緒に……一緒に帰ることができるかもしれない!


「父さん!」


 みんなが俺を見てるみたいだった。

 その人も俺を凝視してる。

 そして俺も、その人を見た。


 ……何か……なんか違う。


「んだよ、ガキ。『父さん』ってのは、俺のことか?」


 言葉が出なかった。

 俺のことを知らないみたいだった。

 五年も会わなきゃすっかり忘れるんだろうな。


「ちょっと、エッジ! 何いきなり口走ってんのよっ。父さんって……この人?」

「嬢ちゃんよ、あんたらが何才か知らねぇが、そんな大きい子供を持ってる覚えはねぇよ。お前らがどんなに若く見積もっても十才より下ってことはねぇな。だったらお前らは、俺が十八くらいの時に出来た子供ってことになる。俺は二十八だし、そもそも結婚もしてねぇよ」

「え……」


 父さんが死んだのは四十才の時だから、俺が生まれた時の父さんの年齢は三十才。

 目の前の人をよーく見ると、父さんを若くするとこんな感じになる……。


「……そんな若い奴でもお前くらいの年齢の子供を作ることができる、とか言うんじゃねぇだろうな? 残念ながらそんな暇はねぇよ。自由時間はすべて握り飯作りに割いてるからな」

「あ……あの……」

「……まだ何かあんのか? おい、シェイラ!」

「は、はいっ」

「お前がこいつらの相手してやれ。作業中に声かけられたら、手元が疎かになっちまう」

「は、はい。……君たち、ごめんね? コウジさんからちょっと離れててくれない? 今仕事中だから」


 若そうなエルフの女の人に押しとどめられて、部屋の隅に引っ張られた。


「何か訳あり? 良かったら話聞くわよ?」

「え、えっと……」


 ……って考えるまでもない。

 本人と直接話をしないことには、進展なんかあるわけがない。


「あの人の空いてる時間に、あの人とお話ししたい……です」

「もうすぐ夜のご飯の時間が終わるから、それまで大人しく待ってればできるかもよ? いい?」


 夜?


「夜のご飯……って……。私達があのダンジョンに入った時は……」

「うん。お昼時間が終わってすぐだった。そこまで時間が経ってるとは思えないけど……」


 時間の感覚がおかしい。

 それどころか、あの人が父さんなら、そのこと自体もおかしい。


「おいおい、どうしたんだ? あいつのこと父さんなんて呼んでよ」

「あ……さっきの……」


 おにぎりを持ってきてくれた冒険者がやってきた。

 心配されてしまった。


「そ、そうよっ。何であの人があんたのお父さんなわけ?」

「……誰にも言ってなかったけど、俺のミドルネーム、ハタナカって言うんだ。父さんの苗字なんだ」

「なっ……! ……あぁ、思い付きか」

「思いついたんじゃねぇよ!」

「騒ぐな。……あいつが言うには、五年前からここで握り飯作って、ここに来る連中に配ってるんだとよ。具合の悪い奴、怪我した奴はたちどころに治るんだ。本人は魔力とか持ってないって言ってたがな」


 冒険者のおじさんが口を挟んだ。

 確かに、興奮しすぎてた。

 自分でもどうかしてると思う。

 けど、感情を抑えられなかった。


「五年前から?!」

「どうしたのよ、エッジ。さっきから興奮しっぱなしで。落ち着きなさいよ」

「あ……あぁ……」


 五年前に父さんは死んだ。

 ということはここは……。


「ここ……って……、死後の世界……なの?」

「ちょっと! 言うに事欠いて死後の世界って!」

「ははは。そりゃ愉快だ。だが……ここに来る連中は俺も含めて、自分がいたダンジョンの中の一部なんだよな。けどここに来る連中を見ればわかるが……」

「え? そんなこと……ありえないでしょ? 考えられることと言えば……やっぱり別の世界の部屋、ってことかしら?」

「あぁ。嬢ちゃんは聡明だな。コウジの世界で、コウジの家の一部らしい」


 俺達がいたダンジョンから別の世界に飛ばされた……ってことか。

 でもそれだけじゃないよな?

 時間の感覚がおかしいもん。


「異世界……異次元……異空間……」

「あぁ。俺らからすればそう見えるな。だがコウジから見れば現実世界ってわけだ。実に不思議な空間だよ、ここは」

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