ある冒険者の、冒険者生活の終焉とその後

「俺の知る限り、ここで握り飯の世話になった奴の中で、魔物にやられて死んだり、その時のけがや病気で冒険者引退した奴はいねぇんだよ」


 ほう。

 けどそれがどれほどの意味があるのかよく分からん。


「槍の奴、自宅の屋根の修理で油断したんだな。地面に落下して怪我をした」


 ここらへんじゃ、雪が積もる時期に屋根の雪下ろしで落下事故なんか毎年目耳にするニュースだ。

 不謹慎だが、珍しくはない。

 危険な事ではあるがな。


「冒険者の引退理由は、そりゃ数えきれないほどあるさ。けど握り飯の世話になった奴の理由は、日常での事故とか病気だけ。殉職とか戦死とかはゼロなんだよ」


 部屋のあちこちから「そう言えば」とか「言われてみれば」、「俺んとこでもそうだ」なんて声が上がる。

 いわゆる数のマジックってやつじゃねぇのか?


「握り飯を食わんでも、普通に引退した奴もいるだろうに。それに冒険者人口がどれくらいいるか見当もつかん」

「まぁそうだろうな。確かに俺の言ったことは結果論だ。だがこれを否定できる根拠はどこにもない。お前らはどうだ?」


 弓戦士とは違う世界にいる者達もかぶりを振っている。

 こいつらの知る範囲では、弓戦士の言うことは正確と言えるだろうが、だからと言ってここに来るメリットは安全区域であること以外はっきりと言い切れるものはないぞ?


「そう言えば、コルトが所属してたパーティあっただろ? 『フロンティア』とか言ってたな」


 男戦士、まだいたか。

 コルト、そんなことを言ってたな。

 だが名前までは覚えてねーよ。


「そいつら仕事中に魔物に襲われて、メンバーの二人くらいが引退したっつってたな」


 周りはざわつくが、俺は「あ、そう」としか思えない。


「コウジさん……」


 俺を見るショーアの目が、なぜか潤んでる。


「やっぱりコウジさんには、何か特別な力があるんですよ! でないとそんな効果が現れるわけがありません!」


 おいこら。

 何で妄想をいきなり暴走させてやがる。

 体力回復ならブドウ糖だのアミノ酸だの栄養の補給で物理的理論的に証明できるだろうが、食った奴のその後の仕事ぶりにまで影響が出るわきゃねぇだろうが。


「でも、ずっとコウジさんのここでの仕事を観察してましたが、特別なことをしている様子はありませんでした! だからコウジさんご自身に何か特別な力が」

「あるわけねーだろうが!」


 あー、何だろう。

 こいつの顔面を、しゃもじでいい音を立てて叩きたくなるこの気分は。


「ちなみにあいつ、引退した後は防具屋をするんだと。鍛冶屋に弟子入りして、特に得意の槍を防ぐ防具の研究をしてみたいんだとさ」


 いや、聞いてねぇし興味もねぇし。


「家族は寂しさ半分、うれしさ半分ってとこらしい。魔物に食われて死体も残らねぇ冒険者なんて数知れずだからな。それが引退した後も家族と一緒に暮らせるんだから、そりゃうれしいだろうよ」

「もう半分の寂しさはどこいった」


 子供がいて、かっこいいお父さんの姿を見たかった、だとよ。

 まぁそいつぁ笑い話になるだろうな。

 冒険者生活の終わりとしちゃ、めでたしめでたしで終わりにできる話だし。


「ということでここはひとつ、祝杯……」

「だからここは酒場じゃねぇんだっつーの!」


 この弓の男、何でキョトンとしてるんだ。


「コウジへの祝杯だぜ? あげるべきだろ」

「断定すんな。こっちからは酒を出せるわきゃねぇだろ」


 何リットルありゃ足りるのか分かったもんじゃねぇし、それを買うのにいくらかかると思ってんだ。

 そっちから酒を持ち込むにも、持ち込める状況なわきゃねぇだろうが。


「……それもそうか」

「持ち込めるにしろ、そいつがいつでもここに来れるとは限らねぇだろ。そいつにできることは俺にはできねぇ。おれにできねえことを期待して、ここに来てもらっても困るんだよ」


 だから、握り飯作りの要領を掴んだショーアに手伝ってもらっても、握り飯を作る数を増やしたりはしない。

 ただ、米を炊く前に水にしばらく浸すようにはできた。

 ショーアが手伝ってくれるようになって、俺もその要領を新たに得ることができたからな。

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