転売や強奪よりはましだと思うが……マナー的にはどうなんだ?
どんなことにも例外はある。
俺の雑貨屋の屋根裏部屋にやって来る者にもそれはある。
だが、そんなまともな格好をして何度もここに来る者達はもう限られている。
自称元日本人のあの人とその連れのエルフ。そしてシェイラの母親の……サーニャっつったか?
普通は大概傷だらけ、そしてぼろぼろの服装でなだれ込むようにこの部屋に入って来る。
まぁ誰かに支えられたり、壁に寄り掛かりながら入ってきたりとその様子は様々だが、誰もが疲労困憊でやって来る。
俺から見たらみな同じ様子だし、重体だったとしても俺の目を惹くことはあまりない。
シェイラがあれこれ世話を焼くようだが、俺の忠告を受け入れて、せいぜい握り飯を手渡すくらい。
だがまさか……。
握り飯の秘密を聞きたがる奴も増えてはきた。
こないだのように握り飯を強奪しようとする奴とかな。
だが、その秘密について聞かれれば、それなりに答えてはやっている。
もっともその秘密の中身は、作った俺ですら謎に包まれている。
だがまさかである。
「あのう……」
「ん?」
夜の握り飯タイムで最後の一個も捌けたあと、例にもれず服装や装備の乱れが激しい冒険者の一人が俺に近づいてきた。
他の冒険者と目立って違うところは、やはり年齢だろう。
シェイラと見た目それほど変わらない年齢層だと思う。
「これ、ちょっとお借りできないでしょうか?」
ショーケースの上に置かれている、空になったトレイの一枚を指さした。
「後片付けして早く休みたいんでな。それに差し障りがなきゃここで使ってもいいが……何に使うんだ?」
「すぐに終わると思うんですけど……。これ、ちょっと置かせてください」
少年の冒険者の手には、さっき配られた握り飯が一個。
それを置くだけで随分馬鹿丁寧に聞きに来るじゃないか。
しかしそれを置いてどこに行こうってんだ?
まぁいいや。
「すぐに済むなら問題ないな」
「あ、ありがとうございます!」
俺はてっきり、こいつがこの場から離れるものと思ってた。
しかしこいつのすることは、俺の予想の斜め上をいっていた。
そいつはまず、握り飯を半分に割った。
具は梅。
それを取り出し、トレイの隅に置く。
半分に割った握り飯の片方をさらに半分に割る。
そしてぽろぽろと細かく分けていった。
「……おい。何をしようってんだ?」
「え? あ、はい。数えようと思いまして」
「数える?」
まさか……。
「はい。この粒、この食べ物にいくつあるのかと」
「はぁ?!」
「ちょっとコウジっ! 変な声出さないでよ! どうしたの?」
やや離れたところにいたシェイラが駆け寄って来る。
そんなことを聞かれても、説明するよりも見てもらった方がすべてを理解してもらいやすい。
百聞は一見に如かずってやつだ。
「え? えぇ?! ちょっとあんた、何やってんの?!」
俺は呆れて声も出ない。
「この部屋と不思議な食べ物の噂は聞いてました。ひょっとしてその秘密が分かるかなと思いまして……」
「あ……あんたねぇ……。これは食べてもらうためにコウジが作ったのよ? 疲れ切ったみんなを癒すため……ってそんな大仰な目的じゃないみたいだけど、それでもその思いは変わらないのに……これ、どうするつもりなの?」
「え? いえ、この粒が全部でいくつあるか数えるつもりだったんですが……」
「その後どうするつもりなのかを聞いてるの!」
「できる限り分析しようと思ってたんですが……」
シェイラは大きなため息をついた。
「食べる気、ないの?」
「ありますよ?」
「「あるの?!」かよ!」
「……そのまますぐ食え。とっとと片付けて休む!」
ようやく何とか出た言葉がこれだ。
「えぇ~? 数えるのならすぐ終わるのにぃ」
数える、という目的がありゃ、そりゃ終わるだろうよ。
けどすぐ終わるわきゃねぇだろうが!
「……今すぐ片付ける。こいつは残飯廃棄だな」
「た、食べるっ! 食べますっ!」
……なんか、俺が目につく奴って……。
すんごく面倒な奴ばかりって感じだな。
勘弁してくれよ、もう……。
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