心配の内訳

「握り飯の転売、それはまだ許せる。今まで俺一人で作っていた握り飯だったが、あいつの力がそれに加わってから起きた事件だからな。噂が流れた後のことだ。母親も鼻が高いだろうよ」


 シェイラに女神と渾名をつけられるほどに称される噂だ。

 女神のような、みたいなあやふやな表現ではなく、断定だぞ?

 だが残念ながら、だ。


「本物の女神だったら、俺もこんな心配しなくて済んだのにな」

「本物の女神? 流石にそれはないな。母親としてうれしい限りだが」


 分かってねぇなぁ。

 女神じゃないからこの先起こりうる問題を抱えてるって言うのに。


「……握り飯の転売な、四人組が一個ずつ持ってって、それを自分らの場所で売ってたらしいんだ。俺に守銭奴なんて渾名つけられるほどにな。救世主よりはましだとは思うが」

「なんと。……いや、いくら何でも救世主の方がいいだろうに」


 渾名論争してる場合ではないのだが。


「その時には嫌な予感はしてたんだよ。シェイラが、何度も握り飯を持ち去る奴らの存在に気付いてな」

「ほう」

「その時点でシェイラはマークしていた。俺は全く気にしなかった。持ってかれたら持ってった先でどうなってるか知りようがないし、強制のしようがないからな」

「まぁそれは道理じゃの」


 まぁこの理論で行けば、目の前にいるこのオバチャンも、俺に対してどっかの女王である証明は出来ないんだがな。


「問題がいくつか発覚した。まず、そいつらが、この部屋に来る者への妨害を試みた。重傷……重体だったかな。回復したのは幸いだったが」


 口を扇で隠しながら驚いているが、本気で驚いているのか演技なのか、いまいち掴みどころがないな。


「そのあとで、トレイごと握り飯を強奪しようとした奴らが現れた」

「何と大胆な……。にしても、しかし……。妾もイゾウのおにぎりにはかなり助けてもらったが、そこまでして求める物かの?」

「あんたの娘がそうなる程にまで価値を引き上げたってことだよ」


 客観的に見れば、誰だってそう言える。

 まだまだ子供だがな。


「だがその価値を、握り飯じゃなく本人に見出す者がいたらどうなる?」


 女王の眉がピクリと動く。

 何を言いたいのか分かったらしいな。


「異世界に出入りできないことと、シェイラの正体まで広まってないことが幸いしたな。今のところ、ガムテープで対応できるが、そっちの世界でそんな発想をする奴が現れたら、正直俺の手に負えん」


 身代金目当てに誘拐する、なんて可愛い方だろう。

 下手すりゃクーデターにまで事がでかくなりかねない。

 だがやろうと思えばできなくはない。

 それに似た行動を起こそうとした者達がここに現われたのだから。


「あいつにも自衛の手段を与えるべきだ。そしてむやみやたらに人前で『我が娘』などと言う言葉も使わないことだな。俺も王族に関する単語を使わないようにしよう。『お嬢サマ』くらいは言うかもしれんがな」


 帰国を認めるまでの間は、なるべく距離を置いた方がいい。


 杞憂であってほしいが、シェイラにもそのことは伝える必要はあるだろうな。

 過剰な警戒は逆に周囲からも怪しまれる。

 が、そこら辺は母娘の間で話をすべきことだろうな。

 俺が口出す場面じゃないだろう。


 ※※※※※ ※※※※※


 女王サマは自分の世界に帰っていった。


 自分の娘の避難場所として受け止めていることは否定しなかった。

 それ以上に、俺に言った通り、社会勉強、要するに将来国を背負うための成長を強く願ってのことらしい。

 だが俺の予測は思いもしなかったようで、俺からの忠告は全面的に受け入れた。


 いつまで俺がシェイラを預かるか。

 それは、彼女自身が成長した自覚を得るまで、ということになった。

 もちろんシェイラにはそのことは伝えない。

 自分の国に帰ることを目的にされては俺に預けた意味がない、という母親としての願いから。


 そして魔力の制限の解除のため、指輪の部屋から俺が出てシェイラを招く。

 母娘の間でどんな会話を交わしたかは知らない。

 だが彼女が帰る時には、シェイラはまだ指輪の部屋にいたままだった。


「もういいかな?」


 第三者になるべく、母親との対面を目撃されないように自ら工夫した形だ。


「今生の別れじゃあるまいし。それより魔力の加減も調整しないといけないから、その訓練はしばらく必要ねー」


 シェイラはシェイラで、自分の目的を見失ってはいないようで、それは何よりではあるんだが……。


 ここに居続けることで社交性が高まるかどうかは、甚だ疑問である。

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