じわり

五丁目三番地

じわり

電話を切ってバスに乗る。目的地はまだ遠いはずだ。みなとみらいが描かれた群青のシートに決める。6人がけの座席を独り占めしているのにどうしてか窓際の端っこを選択してしまう。目に見えない誰かに気を使っている。それが日常になってしまった。景色からは目を背けて文の羅列を目で追いかける。聞きなれない荒い呼吸が耳に滑り込んで先程買ったばかりの小説に止むを得ず指を挟む。二つ前の座席の男がそわそわと足を揺すりながら独り言を呟き続ける。ディスプレイでバス停を確認したついでに流れていく外の世界を眺める。あまりにも見覚えのない道を走っていくからじわりじわりと不安が頭に染みていく。走っても走っても知らない景色が続く。しかしここで降りてしまってはさらに知らない土地で迷ってしまうから特に何をする訳でもなくバスに揺られることを選んだ。先程からポケットの中のスマートフォンがひっきりなしに振動しているのには当然気づいている。LINEの差出人が誰かなんて知らない訳はない。待ち合わせ場所で大人しく待つ父親である。そういえば最後に彼とセックスしたのは何週間前だったか。一年ほど前から始まった歪みに歪んだ関係は私にとっていつしか心地よいモノへ変わっていた。私は依存していると自覚する。さて、随分と遠くまで来たもので次のバス停が終点だとアナウンスが教えてくれる。地面へ降り立ってみると意外にも見知った駅で降ろされてしまった。桜木町のドラッグストアで口紅を物色してじわりと広がる赤をテスターする。ようやく父への電話をかけて横浜行きの緑と銀へ乗り込む。京急線の改札から出てくる彼を想像して死にたくなる。横浜の喧騒ですらこの気持ちは分かってくれない。

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じわり 五丁目三番地 @dokoka

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