きんいろ

久藤さえ

きんいろ

 わしがこの家に来て、もうどれくらいの年月が経っただろうか。

 家の主は四人、いや五人、代替わりしたように思う。


 わしはだいぶん昔から、あちこちの家を渡り歩いていた。

 わしの姿は大人になった人間には見えぬ。十に満たない子どもらだけが、時折わしの姿を見たり、言葉を交わしたりすることができるのだ。

 わしには自分が何者であるのか解らぬ。解っているのは、わしが住処とした家には人間にとって良いことがさまざま起こるようだということだけだ。それは、わし自身がそうしようと思って為したことではない。わしという存在が、そのようなことを起こすように造られた、ということなのだろう。

 わしが住処を決めるとき、大した理由はない。日当たりが良くて温かそうだと思ったとか、軒先の干し柿がうまそうだったとか、その程度のことだ。

 わしが住み着いたあとにあれこれと幸運が重なり、その家の子らがわしの姿を見たと大人に打ち明けると、人間たちはわしを「かみさま」「わらしさま」と呼び、わしのための部屋をこしらえたり、そこに菓子や玩具を置いたりした。

 わしは、そういう物には一切興味がない。いくら手厚くもてなされようとも、別のところへ行きたいと思えば、いつでも出てゆく。人間たちが必死でわしをつなぎ止めようとする様を見て、憐れで可笑しいものよと思った。それを何の未練もなく振り切って住処を去るのが、快感でさえあった。


 わしがこの家を選んだきっかけは、大きな楠だった。大人二人でも抱えきれないほどの太い幹をした、立派な木だ。この木に登ると、遠くの山々から、裾野に広がる田畑や流れる川がよく見渡せた。わしはその景色が気に入って、楠のすぐ近くにあったこの家に住むことにした。

 その家の主は、貧しい行商人だった。主は行商に出ると一月戻らぬこともあり、家は三人の幼子を抱えた妻が切り盛りしていた。わしは村の子らに混じって野山で遊び、朝な夕な楠に登っては、里の景色を眺めて過ごしていた。

 しばらくすると、主が家に戻ってきた。主は嬉しそうに、縁あって近くの町で店を持たせてもらえることになったのだと妻や子らに話して聞かせた。これからは毎日父ちゃんが帰ってくるの、と子らはきょとんとしていた。

 よちよち歩きだった子らが、走り回って悪さをするようになった頃、粗末な小屋のようだった家は新しく立派に建て直された。主の店は、たいそう繁盛しているらしい。子らがわしのことを母に話して聞かせることもあったが、主の妻は、

「そうかい、それではわらしさまを大切にしないといけないよ」

と言うだけで、お供え物をしたりはしなかった。

 わしはそれを物珍しく思い、少しこの家に長く居てみようかと考えた。楠からの景色は、毎日眺めても飽きずにいた。


 それから月日は流れて、家は「屋敷」の佇まいとなり、離れや蔵が建てられ、使用人が雇われるようになった。そして楠は、屋敷の庭の一部となった。庭にはほかにも沢山の草木が植えられ、四季折々に花や実をつけた。

 四人目の主の頃であったか、店が「かいしゃ」というものになった後も、屋敷はますます賑やかであった。夜毎に宴が開かれ、大人も子どもも大勢が出入りした。屋敷にやってくる子どもらと遊びに興じたり、宴の料理を失敬したり、わしはそのさんざめく日々を楽しんでいた。

 屋敷のそこここで、昼も夜も明るい笑い声が響いて、内側から光を放っているかのように思えた。


 今も屋敷の佇まいは、その華やかなりし頃とほとんど変わらない。しかし、この広い屋敷はしんと静まりかえっている。今、屋敷に住んでいるのは、年老いた女が一人だけだ。名は登代という。登代は、行商人だった主から数えて六代目の主の妻だ。六代目の主は、数年前に病で死んだ。

 登代と主の間には四人の子がいるが、みな遠くの土地で暮らしている。「かいしゃ」が大きくなり、それぞれの場所で商いを任されているようだ。登代の孫たちも、もう成人している頃合いであろう。

 登代はこの夏から床に伏していることが多くなった。日中は、通いの使用人がやってきて、身の回りの世話をしている。登代は寝台のある部屋で、窓から庭を眺めたり、「あるばむ」という本を何冊もぱらぱらとめくったりして、日々を過ごしている。

 屋敷の中で何も起こらないので、わしは楠に登っている時間が増えた。楠から見える景色も、ずいぶんと変わった。もう、初めてこの木に登ったときの景色はぼんやりとしか思い出せぬ。

 今は鉄の塔があちこちに建ち、灰色の道を「くるま」がするすると走っていく。川には赤い橋がかかり、「でんしゃ」がタタンタタンと日に何度か通る。これはこれで、飽きぬ眺めよとわしは思っている。

 朝には屋敷の前を、つるつるした革の鞄を背負った子どもらが通る。少し前まで「がっこう」の方へ歩いていく子どもらは大勢で長い列をなして、ぴいぴいきゃあきゃあと毎日大変な騒ぎであったが、いつの間にかこの辺りの子どもは五人か六人だけになった。

 楠の上から、小さなかたまりとなって歩いていく子どもたちの姿を見ているとき、わしはふと思った。

 この先、この屋敷にいても、楽しく賑やかな出来事は何も起こらないだろう。それなら、あの子らのうちの誰かの家にでも住処を移そうか。

 そう考えると、なにやら気持ちがざわざわと揺らいだ。

 ざざあ、と吹き抜けていった風は、もう秋を告げていた。


 次の日は、朝から霧のような雨が降っていた。

 その雨の中、珍しいことに登代の一番上の息子が屋敷へやって来た。息子と言うても、もう腹の出た中年男である。

「母さん、調子はどうだ」

「まあ、この歳になれば誰でもどこかしらは悪いものよ」

「またそんな風にごまかして。食事はちゃんと食べてるのか?」

「江藤さんがね、きちんと工夫してくれているから大丈夫よ」

「なあ、母さん」

 登代の息子は、改まった様子で切り出した。

「やっぱり、俺の家の近くの施設に入らないか。この家は古いし、色々と不便が多いだろう。ここに一人でいるより、話し相手もできて気が晴れると思うんだが」

 登代も、ここを出てゆくのか。

 登代はしばらく黙ったまま、窓に映る庭の木々を見ていた。

「お前たちが、私を一人にしていることで色々と気をもんでいることは解っているよ。新しいところでお友達ができるのも楽しそうだとは思うわ。でもね」

 登代はぐるりと部屋を見渡した。

「きっとどこへ行っても、この家のことを思い出して、色んな事が気になってしまうと思うのよ。ずっとこの家で暮らしてきたんだもの、自分の身体の一部のようになっているの」

 登代のその言葉を聞いたとき、わしの中でもやもやと滞っていたものが、さあっと一気に晴れた。

 そうか。わしも、登代と同じだ。長くここで過ごすうちに、もはや、この屋敷とは離れられぬようになっていたのだ。

 人間の言葉で心のうちに気がつくとは、焼きが回ったものよと、わしは己を笑った。

「あら、雨があがったわ」

 登代はゆっくりと立ち上がり、がらりと窓を開けた。

 部屋に入ってきた風に、登代の息子も表情を緩めた。

「ああ、懐かしいな。この香り」

 庭では金木犀が小さな花をたくさんつけている。

 ちょうど「がっこう」の帰り道か、屋敷の前を通る子どもらの声が聞こえてきた。

 わしは窓から庭へ出て、くるりくるりと回って風を起こした。

 金木犀の花と、木に残っていた雨粒が風に舞い、ぱらぱらと辺りに降り注ぐ。

 子どもらは、わあ、何か降ってきたあ、と歓声をあげて駆け出していった。

 部屋の窓を見上げると、登代も息子も笑っていた。


 登代はもう長くは生きられないであろう。しかし、ここに住む人間がいなくなったとしても、人ならざる者であるわしがいる限り、この屋敷や庭を守ることができる。金色に輝いていた在りし日の姿も、やがてただ静かに刻まれてゆくこれからの時間も。

 楠から秋の空を見上げて、わしは初めて己を造った何者かに感謝した。

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きんいろ 久藤さえ @sae_kudo

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