夢と現実
夏休みだ。海へ行ったり、肉を焼いたり、する事ならいくらでもある夏休み。
私は、ひたすら南下を続けていた。
「ふぅ……」
休憩所で買ったアイスコーヒーを飲み干し一息つく。
秋穂は生まれた頃からの幼馴染であのカブも仕上げ、同じ夢を追いかけてきた……仲間だ……。
しかし高校一年生が終わる頃、親の仕事の用事により都市部に引っ越すことになった。そして地元に残されたのは私とカブだけだった。
排ガスとビルの合間。やはり都会は好きになれないと纏わりつく熱気に耐えていた。
信号待ちは長いし、流れも良くない。さらにトラックは臭いし怖い、人だってどこから出てくるかわかったもんじゃない。
そんな愚痴を垂れながら走っていると目的のマンションの前に着いた。
確か住所はここであってるはず。しかしマンションの入り方がわからない。十分ほど悩んでいると聞き慣れた声が聞こえた。
「おー、久しぶりー! 来たんだ!」
「あっ、秋穂」
気づいて振り返ると制服姿の秋穂は自転車に跨っていた。その姿に違和感を覚え「カブは?」と聞いてしまう。
「ちょっとね、とりあえず近くの喫茶店でも行って話そう。外は暑いしさ」
「うん、わかった」
秋葉に連れられるがまま、カブを押して街中を歩く。少し視線を集めてる気もしたが、周りを見渡しても案外誰も見てないものだ。
「そっちはどうよ?」
「普通だよ、秋穂が居なくなってから少し寂しかったけど、カメコと濱崎も居るし、楽しくやってるよ」
「ならよかった」
そう言って歯を見せて笑う。昔から変わらない笑い方だ。
「秋穂は。都会の生活は慣れた?」
「こっちも新しい友達出来たし楽しいよ。都会も暮らしてみると楽チンだし、遊ぶ場所も沢山あるしさ」
「やっぱり」
秋穂は元々誰とでも仲良くなれるような天真爛漫な性格だ。慣れた? とは聞いてみたが実際そこまで心配はしていなかった。
たわいもない話を続けているとすぐに喫茶店についた。
「アイスココアで、何にする?」
「えっと、ブラックコーヒーで」
注文すると少しの間沈黙が流れた。
「秋穂、あのカブの事は聞かないの?」
「……」
秋穂は無言のまま外を見つめた。
ココアとコーヒーが目の前に置かれ、それを一口啜り、喋り始めた。
「やっぱり、まだやってるんだ」
少し寂しげに呟いた。
「当たり前でしょ、二人で始めた事じゃない。今更やめるなんて出来ないよ」
「そっか、そうだよね」
そう言ってまたココアを飲み、一息ついて続けた。
「まだバイクに乗るの?」
「……」
「こんなこと言うのもあれだけどさ、命が何個あっても足りないよ。もう高校二年生だよ、来年は就職とか進学とかあるしさ」
その言葉にはバイク乗りにとって重大な意味があった。「降りたの?」と口から漏れそうになるが無言を貫いた。
「いい加減大人になりなよ、それに今になってわかるけどカブで時速100キロなんて所詮は夢だよ。もう諦め……」
言い切る前に激しく立ち上がって秋穂の制服のネクタイを掴み上げ、叫んだ。
「私は諦めない!」
「……」
秋穂は少し俯いて黙った。
「秋穂はそれでいいの、本当にそれで。私は嫌だよ、二人で目指した夢を諦めるなんて。それがいくら無謀でも、くだらなくても、私は諦めない。諦めることが大人になることなら私はいつまでも子供でいい」
ブレザーを掴む手にさらに力が入る。
「秋穂変わったよ……」
「そう……殴らないの?」
「私は秋穂みたいに強くない。でも絶対叶えてみせる」
ネクタイから乱暴に手を離し、千円札をテーブルに叩きつけるとそのまま店を出た。
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