魔石の超新星《スーパーノヴァ》
寒夜 かおる
プロローグ
ヴァレンタインをきみへ
吸血鬼が飛んでくる。人を刺す吸血鬼だ。
だから少し怖かった。
赤黒い錆びた川をめがけて、まっすぐまっすぐ吸血鬼が飛んでくる。ストローを握って。その鉛色で俺を刺すのだ。
チクリと微かな痛みを感じた。刺さってしまえば他愛のない痛みだ。それなのにどうしてこうも身構えてしまうのだろう。
「手を楽にしていいですよ」
仰向けに握った拳に触れられた。冷たい手だ。けれども柔らかい。
「気分は悪くないですか?」
平気です、と俺はすぐに答えた。サテライト特別捜査隊の分隊長が採血に怯えているなどと、可憐な看護師に悟られてはいけない。
一瞬の鋭い痛みを伴って、採血針が抜かれた。小さな吸血鬼が医療用ゴミ箱に消えていくのを最後まで見届ける。その頃には腕に絆創膏が貼られていた。
「はい、よく頑張りましたね」
ほぼ同年代の男性にかけるべき台詞ではないと俺は思った。平静を装ったつもりだが、新米の看護師にすら俺の恐怖は筒抜けらしい。
「……次もまた半年後ですか?」
それでも見栄っ張りな俺は半ば無意識に話を逸らそうとする。看護師はふわりと微笑み、机の上を片付けながら答えた。
「詳しい次回の日程は結果をお伝えする際にまとめてご案内しますね。結果はヴァレンタインの頃に判ると思います。特別捜査隊に電話で連絡致しますので」
「あ、いや、忙しくて出られないと思うんで、なんかその、本当に良くない結果だった時だけ連絡くれれば大丈夫で……」
「アルヴィン・ケンドリューさん」
新米に、言葉を遮られた。
いつの間にか下を向いていた俺は急いで顔を上げる。すると真剣な眼差しと視線が絡まった。
一瞬ののち、彼女は再び仕事に眼差しを向ける。そして膨れ上がったファイルに何かを書き込みながら、はっきりとした口調で静かに言った。
「大切なことですので」
薄汚れたファイルの表紙には俺の名前が書かれている。
新米も、半年後も、結果も、何だ少し怖かった。
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