第8話
ティムが横からアドバイスをくれる。
「リングに入る瞬間のことは考えなくていいんだ。そうするとむしろ変な力が入る。大切なのは、一番高いところまでをいい軌道で描くことだ。目の前のことを正確にイメージする。あとは引力がうまくやってくれる。自分で無理になんとかしようとしちゃダメだ」
正直、すべてを鵜呑みにしたわけじゃないし、言っていることの中身は10%も分からない。これだから体育会系は、と呆れる気持ちもあった。
けれど、とにかく私は体を動かす。そこには正直、意思も思考も介在しなかった。
ヒザを曲げて、あごを引く。ヒザを伸ばすと同時に腕を勢いよく伸ばす。
放たれたボールは空へ向かって上がっていった。
目で追うがまぶしくてよく見えない。空の白い光と一体化する。
頂点に達すると、今度はきれいな弧を描いてまっすぐに落下していく。
その先にはリングが優しく待ち構えていた。
あ、入る。
鎖の取れかかったリングのど真ん中を、ボールが音もなく通り過ぎるのを見届けると、私はその場にヒザから崩れ落ちた。
「ファイン」
ティムの声に振り向く元気もなく、抱え込んだ膝元の闇に向かって力なく「サンキュー」と答える。
そのまま、這うようにしてコートの外へ出て、飲み忘れていたペットボトルの水を飲んだ。すっかりぬるくなっていたが、一気に飲み干す。喉が鳴る。
汗だか涙だかわからない液で顔はびちょびちょだ。唾だかこぼれた水だかわからない液体が口からあふれる。そしてまた少しだけ、目から涙が垂れてくる。鼻水も。
そうしたぐちょぐちょのぐちゃぐちゃのいっさいがっさいを、私はカーディガンでごしごしとぬぐった。溜まっていた息を「はー」と吐き出す。もう一度吐き出す。
コートに目を戻すと、ティムは私にはお構いなしという風情でシュート練習に戻っていた。
大きな体がしゅーしゅーと熱を発しながら決まった動作を繰り返すその様子は、遅れたスケジュールを挽回しようと走り回る巡回バスを思い起こさせた。
疲労にまかせてぼーっと見ていると、ふとつらさを感じる。
暑い。
すごく暑い。
忘れていた暑さが戻ってくると、私は絞りかすの体力の最後の一滴が残っているうちに、ホテルへ帰ることにする。一周回って寒気すら感じている体をよたよたと運びだす。
去り際に
「Bye」
と声をかけた。ティムはドリブルの手を止め、
「Bye」
と答え、そしてかすかに笑った。
気温はあくまで高く、太陽は依然として燃えているけれど、彼の体はそれに立ち向かうように、何度も何度もしなやかに跳ねた。
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