エヴァーグリーン

深月珂冶

エヴァーグリーン ①

私は若くして亡くなった恋人、宮島愛也子みやじまあやこのクローンを作り出した。

亡くなって四十年が経過し、私は六十五歳だ。


私がクローンの技術の開発に乗りだしたのは、浮田うきた教授からだった。

浮田教授は、私の科学的センスを見抜いた。

恋人を失い、失意のどん底の私の才能を埋もれさせるわけにはいかないと感じたらしい。


浮田教授は自分たちのクローン開発のチームに誘った。


「宮島くんを失った気持ちは痛いくらい解るよ」

「すいません」

「私は君の才能をムダにしてはいけないと思っている。宮島くんのクローンを作ってみようと思わないかい?」

「え、愛也子のクローンですか?」

「ああ。そうすれば、君が死ぬまで一緒にいられるんじゃないか」

「そんな簡単なものだろうか」


私は最初、半信半疑だった。

かつてアメリカで、羊のクローンが成功した。

人間のクローンを作ることは、昔は禁忌きんきだ。


しかし、その後は、「死んだ人にもう一度会いたい」と願う人が増え、人間のクローン開発は解禁された。


しかし、解禁されても一向に人間のクローンが出来上がることは無い。

しかも、それを日本でやるなんて、私に出来るのだろうか。


「私は君の才能を十分に認めている」


浮田教授は私を説得した。

こうして、私は浮田教授の元で、開発を始めた。

しかし、その三年後に浮田教授は肺がんで死去した。

勿論、開発チームは解散となり、私は一時期、路頭に迷った。


それでも、私は独自での開発を勧めた。

まず、資金集めのために、スポンサーを得ることを考えた。


私は、「亡くなったペットの犬のクローン」を作ることをマスコミに大々的に宣伝。

そこから大手のペット販売会社 「パピー」からのスポンサーの獲得に成功した。


膨大な資金を得て、二十年の時間を費やし、見事に「犬のクローン」の開発を成功させた。

このことで、私は「クローン界」で名を馳せた。


特許を取得し、その資金を元に私は愛也子のクローンの開発に乗りだした。


人間のクローンを作ることは、想像以上に難しい。

空想の話だが、フランケンシュタインのビクターはクリーチャーをどのように作り出したのだろうか。

気の遠くなるような実験が始まった。


愛也子のDNAを培養機に入れ、人間の要素となる物質等々を入れる。

培養機の中は、人間の人体と同じような環境にした。


最初の実験では順調に人間が人体で出来上がるように細胞分裂し、腸、免疫細胞、中枢神経までできた。


しかし、突然、死滅した。


その次は、最初と変わらない順番で、細胞分裂を繰り返し、心臓まで出来上がった。

更には、目、肺まで出来たが、やはり死滅。


中々、人間の赤ん坊になることはない。

その前に、死滅することがほとんどだった。

私は心が折れそうになる。もう駄目だと思ったときだ。


駄目元で、DNAを培養し、順調に細胞分裂を繰り返した。

培養機の中で、徐々に人間の赤ん坊になった。

私は感動した。ただのDNAから、人の形になっていく様は神秘的だった。

培養機のDNAは十二週が経過し、はっきりと人間の赤ん坊になっていった。

けれど、また再び、死滅した。

今度は何かの病気に掛かったらしい。


私はその細胞を顕微鏡で確認し、次の培養液ではその病気に勝てるように栄養素を入れた。


再び、実験を繰り返した。


「犬のクローン」開発から二十年が過ぎたころ、遂に運命のときがきた。


愛也子のクローン通称「アヤコ」を作ることに成功した。


培養機に入れて、九ヶ月。

人体での妊娠同様に37週で、無事に赤ん坊として、培養機から取り出した。


培養機から出した途端、アヤコは「オギャー」と元気に泣いた。

私はアヤコを愛おしく思った。


私はこの内容を論文にし、クローン学会に発表した。


マスコミや、世界各国からの取材、研究や開発の協力のオファーが殺到した。

しかし、私はそれに魅力を感じなかった。

全てを断ち切り、私はアヤコとの生活をすることに決めたのだった。


赤ん坊の育て方の解らない私は、お手伝いのユリエさんに協力してもらった。

表向きは、アヤコを養子として迎え入れたことにした。


アヤコ自身には、私は「親戚のおじいちゃん」として、認識させた。

アヤコに普通の教育をさせ、学校にも通わせた。


アヤコは順調に育ち、十七歳の高校生私は八十二になり、アヤコは日に日に、二十五歳で死んだ愛也子あやこに似てきた。


愛おしくなる反面、いつかアヤコは他の男を好きになり、出て行くのかと思うと苦しくなった。

やはり、ずっと一緒にはいられない。

そう思えば、思うほど苦しさは増した。


エヴァーグリーン ① (了)

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