空中都市トウキョウの少女歌劇団(3)
その夜の演目は、〈
厚い氷の中で冷凍睡眠状態だった古代南極文明の王女が、数千年の眠りから
もちろん主演は劇団の
多くの『少女歌劇団』と同じく、この〈
今回の相手役は、同い年で入団年も同じ
今回の興行では、
二時間三十分に及ぶ物語の要所要所には、五十人以上の少女たちが一斉に踊り狂う大スペクタクル・シーン、主演の
そして開演二時間十分過ぎ、物語はいよいよクライマックスに入った。
たった一人ステージ上に残った『南極の
……その
会場全体が
さすがの
ステージから一番離れた大向こうの二階席、いわゆる天井桟敷の一角から、美しい音楽をかき消す「ぎゃあっ」という女の観客の悲鳴。
続いて「バ、バケモノ!」と叫ぶ、今度は野太い男の声。
無粋な奴らめ、静かにしろ……と、振り向いた観客らが見たのは、バルコニーのように
暗い客席の間の通路へドンッと飛び降りたその黒い塊は、一直線に
その速さ……全く人間とは思えない。獲物を追う豹か、いっそ突風のよう。
舞台が近づくにつれ、スポットライトの反射光を浴びて徐々にその黒い塊の姿が露わになった。
ガリガリに痩せた男だった。
外は氷点下だというのに、色の
その走る速度も異常だが、何より奇怪なのは男の頭部だった。
見た客が思わず「バケモノ!」と叫んだのも仕方ない。
彼の頭部は、狼とイカの脚とナメクジとをごったに混ぜたような異様な形をしていた。
おそらくは作り物の
しかし仮に作り物だとして……ならば
客席の騒動に気づいていないのか、ステージの上では
客席の誰もが
「この
狭い客席通路に立ちふさがり、バケモノ頭の男へ向かってズンズン段を
ここまで最初の悲鳴が上がってから
警部は
自分は身長百九十センチの巨漢、対して向こうはガリガリに痩せた小男、という
いずれにしろ、バケモノ頭の不審者を素手で捕まえようと無防備に近づいたのが運の尽きだった。
両手を広げて昇って来る警部を迎え撃つように、バケモノ頭は
肉体と肉体が激しくぶつかる『バシンッ』という音。
次の瞬間、観客たちは我が目を疑った。
枯れ枝のようなバケモノ頭の男が、警部の巨体を楽々と持ち上げたからだ。
バケモノ頭は、
身長百九十センチの巨体が観客たちの頭上を越え物凄い勢いで飛んで行き、板の上で飛び跳ねる
「アレェーッ」
ひとこえ叫んで板の上に倒れる
どうにか巨体の下から
再び「アレッ! お助け!」と叫んで舞台裏に逃げようと後ろを向いた
「アッ」と、その場に倒れ
倒れた事が、かえって
やっと我に返った警官たちが自分の職務を思い出し、ステージ上のバケモノに向け、それぞれ拳銃の照準を当てていたからだ。
しかし
警官たちの拳銃が一斉に火を吹き、何十発もの鉛玉が男の体に無数の穴を開けた。
人間離れした走力と腕力を見せたバケモノ頭も、さすがに不死身の超人ではなかったらしい。ボロボロになった
次の瞬間、高電圧スイッチを切る「ガタンッ」という音が館内に響き、客席、ステージ、スポットライト、一切合切ありとあらゆる電源が一瞬で落ち、一寸先も見えない真っ暗闇が人々を襲った。
「アッ! 馬鹿! 電気を点けろ! 早く! 早く!」
口々に叫ぶ警官たち。
一秒……二秒……三秒……四秒……五秒……
ようやく
再び照明に晒されたステージ上に倒れていたのは……
左の肩からドクドクと血を流して倒れている看板女優・
そして、その
どこからどう見ても
左手全体が血で赤く染まっているものの、常人と変わることのない痩せ細った指があるだけだ。
着物や体型から、この男が犯人であるのは間違いない。
あの奇怪な頭や、長く伸びた爪は
やはり
しかしステージの上には、バケモノの
* * *
多量の血液を失い、意識が薄れゆく
「
その声に、
すでに事切れた男の額に黒々と刻印された
……それを最後に、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます