第2話 ミーちゃん、異世界にお出掛けする。②

「あのう、もう一つお願いが……」

「な、何でしょうか?」


 まだ何かあるのですか? って、顔してますが、俺は『注文の多い料理店』が好きなんです!


「行ってすぐに死ぬのもなんですから、最初に役に立つ能力とか貰えないでしょうか? それから、その世界、魔法とかあります?」

「うっ……それを言われると辛いですね。それから魔法という概念はありませんが、能力で同じようなことはできます」


 呪文を唱えたりする魔法はないけど、火のスキルを持っていると火を操れるようになる。操れるのであって、無から出せるわけではない。色々、制限があるようだね。


「それでどんな能力がいいですか? 器は大きくしましたが、育っていないので、たいした能力はあげられませんよ」

「どんな能力でもいいのですか?」

「その世界にある能力で、今の器に収まる物なら可能です。ですが世界に影響を与えるような能力は与えられません」


 ということは、そういう世界に影響を与えるような能力もあるってことだよね。興味がないと言ったら嘘になるけど、実際、俺がそんな力を持てたとして使いこなせる姿が思い浮かばない。ここは堅実に使い勝手の良い能力をもらった方が良いと考える。


「例えばですが、使い勝手のいいものを紹介はしてもらえますか?」


 神様は今付けられる能力を懇切丁寧に説明してくれた。


 その中で選んだ能力は五つ。鑑定スキル、マップスキル、身体強化スキル、運気上昇スキル、弓技スキルが良いと思った。


 鑑定があれば、わらしべ長者的に稼げて食いっぱぐれることはないと思うし、相手の強さも少しわかるらしいから、生き抜く為の最重要スキルだと思う。マップスキルは結構方向音痴なので必要とみた。戦闘スキルも必要になってくると思ったので弓技スキルを選んだ。接近戦なんて無理だから遠距離攻撃でいこうと思う。そして強い弓を引くのに身体強化は必須かなって思った。


 そして最後の一つが運気上昇。大学受験に失敗し子猫を助けたとはいえ死んでしまった俺が言うのも変だけど、頭は悪くない方だし要領だって良い方だ。なのにこのざま……根本的に俺に足りない物は運なんじゃないかと思ったわけだよ。


 この五つのスキル、完璧な布陣だと思わない?


 神様にこの五つのスキルをお願いしてみると、なかなかに良い選択だと褒めてくれた。


「これで良しっと。スキルは付けましたが、ちゃんと鍛えて熟練度を上げないと駄目ですからね」

「熟練度ですか?」

「スキルが鍛えられていない状態だと素人より少し良い程度ですが、鍛えて熟練度を上げれば名人級にもなれます」

「要するに鍛えなければ、宝の持ち腐れってことですね?」

「そういうことです」


 ゲームなんかのレベルだと思えば良いわけだ。鑑定スキルでその辺わかるのかな? ガンガン鍛えていけばいつかは神級なんてね。夢があるねぇ。


「頑張って鍛えます! ちなみに、向こうに行ったら会話に読み書きはできるのでしょうか?」

「共通語は習得済みにしてあります。それから二、三か月は生活できるお金や道具も用意してバッグに入れておきます。特別に向こうの世界で暮らす為のハウツーブックもお付けしますね」


 何から何まで、ありがたいことです。


「それでは心の準備はよろしいですか?」


 名残惜しいけど、寝ている子猫のミーちゃんを神様に渡した。


「よろしくお願いします」

「あなたの人生の旅路に幸が多いことをお祈りします」


 あぁ、ミーちゃん可愛かったなぁ、もう会えないと思うと寂しいね。そんなことを考えていたら、意識が遠のいていった……。





 ふと目が覚めると、どこかの路地裏の家の陰だった。


 てっきり、どこかの草原のど真ん中で目覚めると思っていたけど、ちゃんと町に送ってくれたらしい。本当に良い神様だったね。感謝してもしきれない。


「み~」


 ん? どこからか、神様のペットである子猫のミーちゃんの鳴き声が聞こえたような……空耳かな? って思っていたら、肩から下げていたバッグがモゾモゾしている。あらやだ、怖い。


「み~み~」


 どうやらバッグの中から鳴き声がするようだ。開けてみるか。


「み~!」


 はい。ミーちゃんですね。なんでここに居るのかな? また、勝手に出てきちゃったの? ちゃんと帰れる?


「みぃ……」


 おふぅ……怒ってないよ。悲しそうな顔を向けてくるので、抱きあげてなでなでしてあげる。


「み~」


 ミーちゃんは嬉しそうに頭をスリスリさせてくる。可愛いなぁ。


 あれ? そう言えばくしゃみが出ない。神様、猫アレルギーも治してくれたらしい。


 取り敢えず、路地裏から表通りに出ると、この町が結構大きな町だということがわかった。そんな表通りを、ミーちゃんを抱っこして適当に歩いていると公園を見つけた。中にはいくつもベンチがあるけど、どれも座られている。仕方ないので花壇の脇の石に座ることにした。


 ミーちゃんを抱っこしたまま、バッグの中からハウツーブックを出して読むことにする。


 ミーちゃんは俺の腕の中でおとなしくしている。とてもお利口さんだ。そんなミーちゃんをずっと見ていても飽きないけど、情報収集は大事だから読みますか。


 まずこの国はルミエール王国というらしく、この世界では大きな国の一つで他国との争いごとも少ない国らしい。種族同士の差別もなく比較的住みやすい国みたいだ。


 この世界は国同士で戦争するよりも、たくさん居るモンスターを退治する方が優先されるようだ。といって、戦争がないわけではないようだ。領土拡大、世界制覇などと自己顕示欲を満たそうとする愚か者はどこにでも居るってことだね。


 さて、今いる町はクアルトという商業都市。この国の西側にある比較的大きな町と書いてある。読み進めていくと、一般常識的な知識などが書いてあり、その中に貨幣価値について書かれている箇所もある。


 単位はレト、貨幣価値は一レト一円くらい。


 金貨 100000レト

 大銀貨 10000レト

 小銀貨 1000レト

 大銅貨 100レト

 小銅貨 10レト


 となっていて、金貨の上にも貨幣があるようだけど当分は関係ない。神様がお金を持たせてくれると言っていたので、バッグの中を探してみると革でできた財布があった。結構入っている。


 本には他にもこまごまと、生活様式や身分制度など役に立つことが書いてある。そしてペラペラとめくり最後のページを開くと、急いで書いたような文章が添えられていた。


 なになに、ミーちゃんが俺を気に入って勝手について行った。ついて行ったことに問題はないけど、当分は帰りたくても元の神界に帰れないらしい。俺をこの世界に送り込んだことにより、当分この世界に繋がる道を作れないそうだ。なので、ミーちゃんの面倒を見てほしいと書いてある。


 そうか、帰れなくなっちゃったのか。俺はこの世界で天涯孤独の身、神界でミーちゃんの帰りを待つ神様には悪いけど、ミーちゃんが一緒なら寂しくないね。


「よろしくね。ミーちゃん」

「み~!」


 ミーちゃんが顔をペロペロしてくる。くすぐったい。


 ミーちゃんとのスキンシップは名残惜しいけど、取り敢えず今日の宿でも探しますか。さすがに野宿は現代人の俺には厳しい。なんとかお金を稼いで毎日宿には泊まれるようにならないとね。


 そんなことを考えながら通りを歩いていると、『憩いの宿木亭』という看板が目に留まる。中に入り女将さんらしき人に声を掛けてみた。


「すみません。今日ここに泊まれますか?」

「もちろんだよ。何泊だい」

「一泊、おいくらですか?」

「素泊まりは三千レト、朝晩二食付きで四千レトだよ」


 素泊まり三千円、食事は一食五百円ってところか、まだこの世界の標準物価はわからないけど今の俺のお財布事情ではこの辺が妥当だと思う。でも、お金を稼ぐ手段のない今無駄遣いはできない。


「連泊するので、まけてくれませんか?」

「しっかりした子だね。そうだね、五連泊してくれたら朝食付けてあげるよ」

「二食付きにした場合はどうです?」

「朝食代の四百レトをまけてあげる。どうだい?」


 一泊三千六百レトか。言ってみるものだね。


「それでお願いします。それから、この子も一緒なんですけどいいですか?」

「み~」

「あら、別嬪さんだね。構わないけど、おしっこはやたらめったらされると困るよ。兄さんが掃除だからね」

「善処します……」


 前金でお金を払い、鍵を貰った。


「二階の二番の部屋だよ。それから、共同浴場は五つの鐘が鳴ってからだから気を付けなよ」


 一般の家には風呂はないようだけど、比較的大きな町には共同浴場があるそうだ。元日本人だから風呂があるのは嬉しいね。


 部屋に入ると狭いが綺麗な部屋だ。ベッドにテーブルに椅子、小さいけどタンスもある。ベッドに座り、ミーちゃんをベッドに降ろすと丸くなってスピスピ寝てしまった。


 寝てしまったミーちゃんをなでなでしながら、そういえば部屋に鏡がないなと気付く。今の俺はどんな顔をしているのだろう? 町中を歩いてみたところ、色々な人種がいることは確認できた。ちょっと見ただけだけど、異世界の定番である頭の上に耳の付いた獣人さんや、二足歩行のトカゲさんまで居た。


 人の顔立ちは西洋風も居れば、東洋風の人も居る。統一感がなかったので、どんな顔立ちでも問題はないと思う。


 神様から貰ったバッグの中身を確認する為、全部出してみる。ハウツーブック、替えの洋服に下着が四セット、タオル二枚にバスタオル、石鹸に歯ブラシセット、ヘアブラシが二本、小さい鏡、革の財布だ。


 ヘアブラシの一本はミーちゃん用と鑑定できた。あの神様、ミーちゃんにはとても甘い方のようだね。後でミーちゃんをブラッシングしてあげよう。喜んでくれるかな?


 小さい鏡で顔をみると、元の俺をハーフにしたような顔立ち。髪の色は濃いグレーで目の色はブルー。可もなく不可もなくといった感じ、できればイケメンにしてほしかった。残念。


 財布の中身は宿代を払いちょっと減ったけど金貨五枚、大銀貨八枚、小銀貨二枚だ。なんと、六十万レトも持たしてくれたようだ。神様に感謝。無駄遣いはできないね。


 ベッドに横になって、ハウツーブックを読む。


 どうやらこの世界にはモンスターのボス的存在が居るらしい。人族はそのボスを倒すことにより人が住める場所を増やすけど、モンスターのボス……面倒なのでファンタジーっぽく魔王と呼ぶことにしよう。で、その魔王に逆に攻撃され奪われることもあるらしい。この国は今のところ比較的落ちついた情勢なのだそうだ。


 今は安定している情勢とはいえ、モンスターや魔王に関しては神様は一切関知していないので、いつ不安定になるかわからないとも書いてある。


 そんなことに巻き込まれたくはないけど、強くなるのに越したことはないから強くなろう。


 読んでいる本を横目に可愛い寝顔のミーちゃんを見ていたら、なんか眠くなってきた……。


「すぴぴー」

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