あるシニアのメール

鏡湖

序 章 

 西村恭平はパソコンの画面を見つめていた。そこには自分のプロフィールが打ってある。あとは決定ボタンを押すだけだ。こういう交流サイトに登録するのが初めての恭平には、そのボタンがなかなか押せない。もう一度よく見直した。

 

 

 西村恭平 (ニックネーム)トンボ

      五十歳 既婚 営業職 A型 ふたご座 

      趣味・スポーツ鑑賞 映画鑑賞 読書

      酒はほどほど タバコは吸わない

 

 

 メル友に、酒やタバコは関係あるのだろうか? との疑問も感じたが、この内容で決定ボタンを押した。

 

 

 

     * * * * * * * *

 

 

 

 井上良子はパソコンに向かって

「これでいこう!」

そうつぶやくと迷わず決定ボタンを押した。

 

 井上良子 (ニックネーム)メガネ

      五十二歳 死別 事務職 A型 おとめ座

      趣味・読書 園芸 映画鑑賞

      酒は飲まない タバコは吸わない

 

 

 良子のところには早速、いくつかのメールが送られてきた。この世界は女性優位だ。登録の比率が圧倒的に男性が多く、必然的に女性争奪戦となる。選ぶ権利を擁するのは女性なのだ。

 良子は、受け取ったメールの中から好印象を受けたふたりに返信して、初日を終えた。

 

 

 一方、恭平は三日待っても一週間待っても、メールは一通も届かなかった。そして、初めて気がついた。待っていてはいけないのだと。

 そして、近い年代の募集者を検索してみた。感じのよさそうな女性にメールを送ってみた。しかし、翌日見ても返信はなかった。今度は三人、次の日は五人と立て続けに送ってみたが、返信が来ることはなかった。

 

 

 良子は、いろいろな男性とメールを交わしたが、二、三回会話をするともう次は送る気がなくなるケースが続いた。かと思えば逆に、話が弾んでいると思っていた相手からプツッと途絶えることもあった。

 

 

 恭平は、自分のメールの内容に問題があるのではないかと思い始めた。あるいは、自分には向いていないのかもしれないと。それで最後に思いを込めてメールを送り、これが駄目だったら退会しようと決めた。

 

 

 良子は、絶え間なく送られてくるメールに辟易し始めていた。どうせたいしたことが書かれていないことはもうわかっている。もう退会しようと退会ボタンを押そうと思った時、また一通のメールが届いた。

 最後にこれだけ読んでみようと思ってメールを開いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る