あの、魔法少女(三十路主婦)ヤミーはいかがですか?

卯月おもち

第1話 キメッキメの無視

まずは自己紹介。

わたし、常夏みかん(31)。

よくいるような主婦。

旦那と共働きで子どもはまだいません。

2年前に引越しをして、

生まれ故郷と初めてお別れをした。

最近、仕事は転職したばかりでドキドキだけど、物を企画する仕事は大変なことも多いけど、毎日が新鮮で楽しい場所。

一緒に働くチームの仲間もいい人ばかりで

過ごしやすいと思っている。


通勤時間は少し遠いけど1時間半。

この時間だって音楽を聴いたり、

スマホゲームに夢中。

最近ハマってるスマホゲームは

「Battle of destiny」。

パーティを組んで敵を倒しながら進めていくRPG形式のゲーム。

いつも何かをしているので、

ひとときも無駄な時間なんてない。

あ、あとアニメが大好き。

毎週欠かさず見るアニメがたくさんある。

子供の頃から、漫画やアニメばっかりを見て育った。

オタクといえるのか境界線は分からないけど、オタクの部類に入るのかな?

コスプレイヤーも趣味で時々やっている。

でも飛び抜けるほどのめり込んでいないと思ってるので、オタクと言ってしまうとオタク様に失礼な気がするので、なんちゃってオタクと思っている。


ってなんかうるさいな、おい。

子供の頃から時々わたしに話しかけてくる。

しかも2人。無視しよう。

いつも無視してる。

気のせいだと思うから。

通勤途中の満員電車に揉みくちゃにされながらSNSを流れるようにチェックしている最中、耳障りな声が私を呼ぶ。

でも答えてあげない。

だって知らないし。

そう。きっと気のせい。



数年前に働いていた職場の先輩からこんなことを聞いたことがある。


「昔、大事にしてた指輪を落としたの。

それで、すごい大事にしてたのに

探しても探しても見つからなくて、

あっちこっちを外も探し回って

クタクタに疲れて。

暗くなってきたし、諦めるしかないかなって思ってたら、下から聞こえたの!

『僕はここだよ!ここ、ここ!!下見て!』

え?何??誰??って思って

ダメもとで下を見たら指輪が落ちてて!

そんなことあるわけないって思ったけど

世にも奇妙な物語みたいなことあるんやな~って」


そんなわけあるかいな!って気持ちと

なんとなく信じたい暖かい気持ちが重なって

頭の引き出しの2段目ぐらいにそっと閉まってるエピソード。


この話を聞いてから、

わたしの子供の頃からの

このうるさい2人に少しだけ興味を持ち始めた。

けど、信じたくなかった。

そんなこと信じてしまったら、

私、抜け出せなくなってしまう。

ただでさえも、みかんは

子供の頃から

「わたしは特別な魔法使い」的なことを信じてきた、厨二病ストーリーを夢見る31歳。

思っていても言えない。

ふざけたフリして言うことはあっても

まさか本当に

「わたしは魔法使い!」なんて

頭どっかにぶつけたんですか?って

重症レベルの人間だと思われる。

コスプレでせいぜい抑えとけって。


もうすぐ職場近くの駅に着く。

人の群れに溶けそうになりながら

改札を目指す。

駅から徒歩5分以内の距離なので

さほど苦痛もない。

さて、社員証を準備しよう。

リュックに手を突っ込んで

ガサガサと探す。

あ~なかなか出てこないなって思いながら

毎日この動作を繰り返す度に

リュックの定位置に入れとけよって

自分に腹が立つ。

社員証を手探りで見つけて取り出し、

握った時に違和感があった。

「え?なんか入ってる、、、指輪?」

社員証入れのカードケースの裏側に

無くしたピンキーリングが入っていた。


でも、このピンキーリング、

無くしたのすっごい前...

少なくとも2年前の引越しよりも前なんですけど...

なんでこんなところから?

ん~?これがあの世にも奇妙な物語ってやつか。

........ま、いっか!

あんまり深く考えないでおこう。

深く考えたらめんどくさいからだ。

またうるさいのが聞こえる。

今から仕事なので、当然キメッキメに無視をきめる。




「ねぇ、ねぇってば~」

彼は彼女に話しかける。

「こやつ、気づいておるのにまた無視しよる」

ジェントルメンな感じの老人は困り顔で彼女の右肩にのしかかっていた。

左肩には若くみえるホンワカした感じの青年が。

「もう僕達30年ぐらい話しかけてるけど、彼女、都合いい時だけだよね、答えてくれるの、、、でも認めないよね~」

「そうじゃな、、、わしらのことをなんだと思っておるのだ。そろそろ痺れをきらし...」

「だめです!悪さん!!ここでしびれ切らしたらまたあの苦しみに戻されますよ?」

「そうじゃった、、、30年なんてわしらからしたらなんて事無い年月。しかし善よ。こやつ都合のいい迷った時だけわしらに答えを聞いてきよる。都合がよすぎる!」

「僕が今日こそは気づかせますから!ね?だから、ほら、ちょっとリラックスして!あ、そうだ、こないだ無くしたピンキーリング見つけたから返してあげようっと。こないだっていつだったかな?ま、いっか!ずっと気にしてたしね」


あ、自己紹介するね。

僕達は善さんと悪さんって覚えてほしいんだ。

僕は善。どちらかと言うと善い行いを心がけるほうね。

で、反対のじじ...あ、少しお歳召された紳士は悪さん。

こっちは気が短いんだ。

悪いこと、すぐ思いつくしネガティブ。

だから生前あんなことになったのにね~って君たちに話しても仕方ないね。


「あ、指輪気づいてくれた~喜んでくれるかな?ん?なんか表情がいつもより1.5倍増しに困ってる?え?僕ドジったかな?もしかして記憶読み間違えた??」

「大丈夫じゃ。どうせこやつめんどくさ~いって思って適当に自分ごまかすじゃろ。あ、ほら、めんどくさ~って思ってる思ってる。あ、ほら、考えることを諦めよった。」

僕達は彼女が生まれた時...いや、もう少し前から知っているしずっと一緒だ。

だから彼女がピンキーリングをお守りがわりに付けてることもずっと知ってる。

彼女が悩んできたことには僕らなりに答えてアドバイスしてあげてるつもりだ。

まぁ、年の功ってやつでそれなりに役には立てば、彼女が少しでも幸せであれば、と思う老婆心なんだけどね。

彼女は僕らのことを完全に気づいていないわけじゃない。

さっき悪さんが言ったように、自分が困った時だけいつからか僕らに聞いてくる。

この前だってそう。


「ねぇ、内定4つ貰ったんだけどどこいったらいいかなぁ...?聞いてる?」

僕達に話しかけてきた。

彼女は久しぶりの転職にかなり戸惑っていた。

うわ、数年ぶりに話しかけてきた!

今度こそ今度こそ!!

と希望を持ちながらアドバイスをする。

「君はどう思ってるの?

この4社の中で君が目指す作りたいものが作れるかどうかまず考えようよ。

どう?今まで頑張ってきたことを振り返ってみようよ。これから作りたいビジョンややりたいことは?」

「わたし、やりたいこといっぱいあるねん。ほら、you tuberもはじめたいし!あ、ほら、デザインの仕事もできたらな、とか思うねん...」

彼女は実はバリバリの大阪人だ。

土地特有の大阪弁で話しかけてくる。

「ちょっと待って。色々やりたいのは分かるけど、こないだ旦那さんと方針決めてたじゃん。僕は君の才能はすごく感じるんだけど、君は飽き性でしょ?旦那さんもよく分かってるよ。君、器用貧乏なの、わかってるよね?まぁあの話の後に、また説教ぽく延々と話続いたからどうでも良くなっちゃったんでしょ。分かるけど、めんどくさいと思ったら考えないといけないことを放棄しがちなの、君の悪い癖です。でもほんとは決めてるんでしょ?」

そう、彼女は自分で実は答えを決めている。

AとBの服を迷っている、と聞いておきながら実はAと決めていて、Bの方がいいよ、と答えてもAを買うという、いわゆる『聞くだけ聞いてできれば後押しをしてほしい』女子なのだ。

実にめんどくさい。

サバサバしてるところが多いが、ここは女子っぽい思考らしい。

僕らは彼女の考えてることをだいたいは見えるので分かっている。

彼女の脳内で鍵をかけてしまっているものは見えないが、ふわふわと浮いていたり引き出しに鍵のかかっていない部分は手に取るようにわかる。

「もう決めてるんじゃったら、そこにすればいいじゃろう。大丈夫じゃ。お前なら大体はこなせるしまた仲間もできるじゃろう。自分を信じろ。」

「そうだよ!きっと大丈夫。なんとかなるさ、君なら!」

お、じじ...悪さん押してくれた!

彼女はなぜか悪さんの押しで決めることが多い。

老人=知識が多い、と思い込んでいるので悪さんの押しには弱いのだ。

僕もそこそこ生身の人間からすると長く生きてるんだけどな~、声って重要だね~。

あ、魂が長く生きてるってことね。

肉体はとうの昔に滅んだ。

彼女は僕のことを子供だと思っている。

声が若く聞こえるからだろうけど、僕、

君よりうんとう~んと上だよ、多分。

ま、いいんだけど、別に。

「そうやんな!やっぱりわたしここにする!決めた!Aにする!」

「旦那さんも言ってたしね!よく見てるよ、君のこと。うん。いいと思うよ!」

「ありがと~二人とも!」

「ところでさ、僕ら君に話さないといけないことがあるんだけどね、」

「―――」


はい。無視を決められました~。

こんな感じで、僕らは都合のいい人達だ。

もう30年...いや少なくとも小学校の頃あたりからは気づいてくれてたから、

そろそろ認めて欲しいなぁ。

「またこやつ、無視きめよったな。

善、もうそろそろわしらも時間がないんじゃよな。」

「そうだね。まぁ彼女にとったら関係ないことなんだけど、僕らは彼女に仕える代わりに彼女に頑張ってもらわないと...」

僕らはある課題...と言うより自分たちの課題を課せられている。

天空協会から毎年課題が来るのだが、リミットがある。

そろそろ限界なのだ。

僕らは彼女自身にまつわる魔術や魔法は使える。

彼女をサポートする代わりに彼女に頑張って貰わないといけないからだ。

でも、サポート魔法にはルールがある。

『目に見えるような協力は僕らの存在を完全に仕えている人間が認めてなければならない』

目に見える、と言うのは物理的なものだ。

例えば、身に危険が迫っているからバットや刀を出すとか、明らかにその場になかったものを出す。

僕らの存在を知らないまま出てきたら、びっくりするよね?

この世で言う、『世にも奇妙な物語』にされてしまう。

禁忌を犯すと僕達はアウト。

天空協会から今度は地獄以上の苦しみの場所へと連れていかれる。

だから、今朝の指輪のようになんとな~く覚えている記憶のものを助けてあげることは気づかれないので可能であっても、

突然物を差し出すことはできないのだ。

彼女が認めてくれたら、簡単に出来るんだけどな...

他の人に仕えている魔術師たちはどうやって気づかせてるんだろうか...

僕らのようなやつらはどうやら他にもわんさかいるらしいのだ。

この世の知識や、生前の魔術や魔法を用いることはできるけど、どの人間に誰が仕えてるかなんて魔法をあちこちにかける訳にはいかないので分からないし、向こうも警戒してる。そもそも有象無象といる人間の中で、1人ぐらい見つけられそうなのになぜか未だここ30年では見つけたことがない。


そんなこんな言っているうちに、空がマジックアワーに染まる。

そろそろ彼女の仕事が終わる頃かな。

僕は今日、ある決心と作戦を実行しようとしていた。


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