第7話 舘谷葵は明かさない
中学生の頃か。一度尋ねたことがある。
「お前、結局どっちなの?」
笑われた。
「どっちでもよくない?」
あはは、男子の制服着てると痴漢に遭わないからいいね。なんて笑っていた。
女子の制服は冬には着たくない、とも。
「大変じゃね?バレないようにって」
「危険なところには近寄らないのが一番だよ」
忠告なのか、脅迫なのか。当時の俺はそれで折れたように思う。
その言葉の通りなのか、葵は修学旅行にもいなかった。
部屋に入ったこともない。
だから俺は詮索を諦めた。
高校生になって、みんなお前の性別が気になってるとそれとなく伝えてみたことがある。
そのときも葵は派手に笑っていた。
「自分でも知らねー」
なんて。
そんなわけなので、俺は調べてみたこともある。
『性同一性障害の持ち主は自分の精神とは異なる性に嫌悪感を持つことが多い』
ネットでこの文句を見て俺はこの考えを捨てた。葵はそんなことはなかった。
当てはまったのは次の文だった。
『出生時の性別のどちらでもない立場を取る人々のことを、Xジェンダーと呼ぶ』
これだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
公務員の兄は遠いところで日夜働いている。母親の帰りは遅い。父親はいない。今日の晩飯も俺ひとりだった。葵と何か食べればよかったという考えが頭をよぎる。
レトルトカレーは美味しくない。
テレビも面白くない。
スマホを何気なく開くのは、世界で最も簡単な現実逃避だ。
避難先には小中学校の友人からのメッセージが届いていた。
『ルー彼女できたん!?おめ!!』
「…は?」
できてない、そんなの知らない…返事はすぐに来た。
『ショートカットの可愛い女子と下校してたって』
『きいた』
一瞬考えて、合点がいって、ため息をついた。葵だ。女子の制服を着ていたときに誰かに見られたのだ。第一、小中学校同じだったじゃないか。
『彼女じゃない』
『覚えてんだろ』
『舘谷葵』
レスポンス。
『んー、そんな奴いたっけ』
『忘れちった』
困った奴だ。適当に会話を終わらせておく。葵は彼女じゃないから吹聴してくれるなとは釘を指しておいた。
まあ、確かに葵は他人と深くは関わらない。
「友だちになりたい」よりも、「もっと知りたい」と好奇の目を向けられる方が早いのだ。
葵は何を思って生きているのだろう。
『Xジェンダーの人々は男女の狭間を行き来しながら自分の姿を模索する』
「舘谷葵」の姿。
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